一歩ズレてる歩き方







「何だかねえ・・・」

「はい?」

佐為は自分の隣を歩く少年(というか青年)を見やった。

「何ですか、ヒカル」

「あぁうん、何ていうかな、この・・・街の風景がさ」

ヒカルは自分らの目の前に広がる光景を、細い顎でクイと示した。

もう夕暮れ時が近い。
大勢の買い物客で賑わう商店街は、年の瀬が近いこともあって、 いつも以上の盛況振りを見せている。気をつけないと、隣を歩く連れとも離されて しまいそうになるほど、周囲の人の流れは忙しない。

「つい2,3日前まではさ、この商店街、思いっきりクリスマスムードだった じゃん。飾りつけも売ってるものも、そりゃあもう一生懸命にクリスマスを演出してた わけよ」

「ええ、そうでしたね」

「それが今じゃどうよ?あーっという間に年末、正月準備に早変わりしてるじゃん。 これが本当に同じ場所か?って思うくらいガラッと変わっちゃってる」

「そりゃさすがに25日過ぎてまでクリスマス演出は 続けられないでしょう」

そう言って笑う佐為に、ヒカルは頭を振った。

「いや、確かにそうなんだけど、俺が言いたいのは・・・何ていうのかな、 その世間のありようについて行けない、ってことなんだ」

「ついて行けない?」

「そう」

ヒカルは頷いた。

「そもそもさ、クリスマスってキリスト教の宗教行事だろ?決して世の中の恋人たち や子供たちに、
いちゃついたりモノをねだったりする大義名分を与えるイベント じゃあないんだよな?本来は」

「ええ、本来はね」

「それが日本じゃ、国を挙げて変な盛り上がり方してる。日頃キリスト教とはなーんも 関わりない人たちがさ、この日にはやたらこだわりまくるんだ。モノを売る側はクリス マス商業効果をもろに狙うし、彼氏とか彼女とかいない人たちは憂鬱になり出すし」

「確かにそうですね」

いつからこの子は、こんなふうに弁が立つようになったのだろう、と感慨深く思いながら 、佐為は相槌を打った。ヒカルは更に続ける。

「で、そうやって変な盛り上がり方するだけしたら、即次のイベント――年越しと正月 ね――に移行する。そこで、外国の宗教行事を都合よくアレンジした過ごし方から、 由緒ある自国古来の過ごし方への方向転換も行われるわけ」

「はあ」

「…これが、今の世間のありようなんだよね。で、大半の人たちはそれに乗っかって この季節を過ごしてるわけだ」

「そういうことになりますね」

ここで、たっぷり5秒は溜めてから、ヒカルは呟いた。

「それに、ついて行けないなあ、って最近思うの」

佐為は目をぱちくりさせ、ヒカルの横顔を見た。

「クリスマスだけじゃない。俺最近、世間じゃ普通とされてることに、うまく乗っかれ なくなってきてるんだよね」

「……」

「ちょっと前まではそんなことなかったんだよ?だけど、そうだなあ ……中学出た辺りからかなあ、自分が碁のプロとしてやってくって決めて、そこから ちょっとずつ普通とは半歩…いや一歩以上ズレた生き方するようになって以来、 何かこう、世間のありとあらゆる常識にクエスチョンマーク浮かべるように なっちゃって」

「……」

「ただでさえ、俺は世間のありようから逸脱した道を選んで生きてるっていうのにさ、 世間一般の常識に対する考え方まで逸脱しつつあるとしたら、俺、これからどうなっちゃ うんだろうな。……どんな大人になるんだろ」

そこでヒカルは一旦言葉を切り、更に続けた。

「まともな大人に、なれるのかな」

佐為は、ヒカルがこんなことを考えていること事態に かなり驚いていたが、彼の口調からして、とんでもなく深刻に悩んでいるわけでは ない、と判断した。少しの間、うーん、と唸った後、佐為は、

「確かに、ヒカルの考えてる事も分かりますが」

と前置きしてから話し出す。

「そうやって、客観的に自分を、そして自分を通して世間を見れるようになったのは いいことです。大人になってきたってことですよ、ヒカル。人間としての成長の現われ ですね」

「そうかな」

「そうですよ。だって、ちょっと前までは、ヒカル自分のことに…っていうか、自分の 碁のことに精一杯で、そんなこと考えてる余裕なかったでしょ」

「……まあな」

ヒカルは少し考えてからそう答えた。

「でね、”普通”から逸脱していることへの危機感のことですけど、じゃあヒカル、 ”普通”にどっぷり漬かった方が良さそうだ、って思ってます?むしろ”普通”になり たい、っていうはっきりした希望、持ってるんですか?」

「…持ってません」

「そうですか。ならいいんですよ、それで」

アッサリそう 言われて、ヒカルはぽかんと佐為を見やった。

「さっき、ヒカルは”まともな大人”って言葉使いましたけれど、そもそも”まともな 大人”ってなんでしょうね?世間のありように、常識に、順応できて周りと同じでさえ いれば、まともな大人って言えるんですかね?」

「……」

「そういうのって、強いて言うなら”何処にでもいる普通の大人”ではあると思います けれど、そういう大人が”良識あるまともな大人”だとは限りませんよ。最近は特にね」

「…あぁ…」

「それにね、ヒカル。常識的な視点からは、みんなと同じ見解しか見えません。人とは 違う視点からモノを見てると、思いもかかけない面白いモノが見えますし、意外と そっちの方が本質に迫っていることもあるんですよ」

「……そうかなぁ」

「そうですよ。それにねえ」

佐為はそこでくすっと笑いを漏らした。

「私はヒカルには、まともな大人より、一歩ズレてる面白い大人を目指して貰いたいですね」

「面白い大人…ですか」

「そうです」

佐為はにっこりと頷いた。

「その方が愉快な人生送れますよ。千年以上大人をやってる私が言うんですから、 間違いないです」

ヒカルは吹き出した。

「千年以上ねえ…」

相も変わらず忙しない人波に、流されぬよう気を使いつつ、ヒカルは隣を歩く連れを チラと見やり、
また笑った。
















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