はやすぎず、そして充分歌うが如く






「?!」

突然、自分の後頭部に強い衝撃を感じた。
重いモノで後ろから、どすんと一発殴られたような、そんな感触。

降りかけていた階段の途中で止まり、彼は急いで後ろを振り返る。しかし誰の姿も無け れば、自分にぶつかったモノがその辺に転がっているような痕跡も無い。

「どうかしましたか?」

隣を歩いていた後輩が、彼に尋ねる。

「……いや、何でもない……んだけれど」

彼は、今一度ぐるっと視線を巡らせながら答えた。何気なく、自分の後頭部を手でさすっ てみる。 痛みは感じない。

気のせいだったのだろうか。
いや、気のせいというにはあまりにもリアルだった。
確かに今さっき、後ろから頭を重いもので殴られたような衝撃を感じたのだ。まだ後頭部 に感触らしきものが残っている。

訝しげな顔でこっちを見ている後輩の視線に気付き、彼は慌てて、気を取り直すように 頭を2,3度振った。

「ごめんごめん、疲れてるのかな」

そう言って笑い、再び階段を降りようと片足を踏み出した、その時。

急に視界がぐらりと歪み、モノが二重に見え始めた。
咄嗟に片手を頭に押し当て、目を何度もしばたく。

そして、奇妙な感覚に襲われ出した。

これは一体何なのか。

何処の感覚器官から入ってくるのか、いや、もしかしたら何処からも入って きていないのかも知れないが、

何かが見える。何かが聞こえる。

不明瞭で、要領を得ない映像のようなものが、かなりのスピードで目の前を通過して行っ ている感じだ。

そして、

耳に聞こえてくるというより、脳の中に直接響いてくるような、何かが聞こえる。





―――――私の声、聞こえてる?





―――――楽しかったですよ―――――





その直後、強い眩暈に襲われ、彼は、がくりと体のバランスを崩してしまった。
手に持っていた書類や書籍がばらばらと下に落ちる。

「ちょっ……どうしたんですか?!」

後輩が慌てて手を差し伸べるも、一瞬遅かった。
彼はそのまま、打ち捨てられた人形のようにごろごろと階段を転げ落ち、踊り場まで転がっ て、止まった。

「青木さん!!」

後輩がそれこそ飛び降りるように階段を駆け下り、彼のもとに駆け寄った。

「大丈夫ですか?!」

大声で呼びかけながら彼を抱え起こすも、ぐったりと目を閉じたまま、返事が無い。
見たところ、外傷も出血も見当たらない。頬をぱしぱし叩きながら、何度も呼びかけるが、 それでも反応を返さない。

騒ぎを聞きつけて、周りに人が集まってきた。

「救急車!」

周囲の喧騒と相反するように、混濁していく彼の意識の中は、冴え冴えとした冷気すら 感じさせるかのように静まり返ってゆく。




―――――戻ってくる。




彼は意識の隅で、何故かそう感じた。



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