それは一種の狂気にも似て









濡れ縁から庭の木を見上げているその人に、自分は躊躇いなく近づいていき、言葉を かけた。







「ああ、今年も見事に色づきましたね、山梔子の実は」

――本当にそうでございますね。この木は夏の白い花も見事ですけれど、冬に色づく 橙色の実も、わたくし好きですわ。寒さで気の滅入りそうになるこの季節、見ている だけで気持ちを明るくしてくれる色ですもの。

「この系統の色がお好きでいらっしゃるのですか?貴女は。そういえば今日も、山吹 の装束をお召しになっておいでで」

――ええ、実はそうなのでございます。お陰で昨今、山吹式部などとあだ名されるよ うになってしまいましたのよ。

「おやおや」





双方に笑いが起こり、その後しばしの沈黙があった。





――佐為の君。

「はい?」

――……あの方の噂、お聞きになりまして?

「あの方?」

――菅原顕忠さまでございます。先日、何やらお上の御前で事を起こし、宮廷を追わ れてしまったそうではございまぬか。

「……初耳です」

――相変わらず、噂に疎くていらっしゃいますのね。……とはいいましても、貴方 さまがお気になさるほどのことでもなかったのでしょうけれど。

「おや、はっきり仰いますね」

――当然でございましょう。あの方が貴方様になさった仕打ちを思えば、誰も同情 などなさいませんわ。因果応報でございます。

「……本当にはっきり仰いますねえ」

――皆様そう思っていらっしゃいましてよ。あのような方は、お上のお傍にお仕えするべき ではなかったのだと。

「それに関しては私も同感ですね。……本来あるべきところではない場所に執着して も、いずれ何らかの自然の力によって、遠ざけられてしまうのやもしれませんね」

――ええ。

「……だとしたら、私もそうだったのでしょうね。お上のお傍に相応しくないから こそ、何らかの力によってあのような結果に……」

――いえ、そうではございませんわ、佐為の君。

「え?」

――お上のお傍に相応しくないからではございません。貴方さまには、 他に居るべき場所が(、、、、、、、、、) あったからなのでございますよ。

「……他に……」

――ええ。……さあ、もうお行き遊ばしませ。

「行く?行くとは何処に……」

――まあ、お戯れを。そんなことは、貴方さまが一番よくご存知のはずでございましょう。

「…………」

――佐為の君。

「……はい」

――どうぞ、御身大切に。ご自分を大切に出来る方こそ、他の誰かも大切に出来る ものなのでございますから。







そう言って微笑んだその人は、そのまますぐに庭へ視線を移した。その視線の 先には、相変わらず橙色の山梔子の実。

意識が別の場所へ持って行かれるほんの僅かな間、自分の視界に入っていたのも 同じ色。





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