この二人がフィギュアを観ると







トリノ五輪で、荒川静香が金メダルを獲得した日の夜のことだ。

「ヒカル、観ました?観ました?今日のフィギュア!いやー、やりましたねえ!荒川 !凄かったですねえ、まさか1位とはねえ」

「・・・・・」

「あれヒカル、嬉しくないんですか?」

部屋にヒカルを招きいれながら、大人気なくはしゃいでいる佐為。それとは対照的に、 ヒカルは硬い表情のまま部屋の中に足を進め、祝賀ムードやかましいテレビの画面 をじっと見詰める。

そして、上着を脱ぎながら、ぼそっと呟いた。

「・・・個人的にはロシアのねーちゃんをものすごーく応援してたんで」

「スルツカヤ?」

「そう」

ヒカルは頷くと、ううー、と呻き声を漏らした。

「そりゃ、俺は日本人なんだからさあ、日本人アスリートの快挙は素直に喜ぶべき なんだと思いますよ?でもさぁ・・・・・・あぁー悔しいっ!」

頭をぐしゃぐしゃと掻き回すヒカルに、佐為はガスコンロの火を消しながら訊ねた。

「ヒカルはスルツカヤみたいな、妖艶なおねえさん系がタイプでしたっけ?」

「ちげーよ!そういう問題じゃなくってさあ」

また頭を掻き回す。

「何かさ、あの演技が好きなんだよ。上手く言えないけど、フィギュアって選手に よって演技に個性があって、技一つ取ってもみんなちょっとずつ違ってたりするじゃん ?棋士の打ち筋とかがみんな違ってて、あの棋士のこういうところが好きだからファン なんだ、とかいうのと一緒でさ。俺にとってはスルツカヤの演技がピタリとツボに くるの。だから負けて悔しいの。贔屓の棋士が負けたら、自分の事みたいに悔しかったり しない?それと同じ」

「・・・確かに、ヒカルが負けたら私はものすごーく悔しいですけどね」

さらりとそう言う言いながら佐為は台所から出、乱れたヒカルの頭に軽く手櫛をいれ てやった。
それに照れたのか、ヒカルはわざと大溜息をつきながら言う。

「あーあ、にしてもこれからどうなんのかな、スルツカヤ。もう歳が歳だし、引退し ちゃうのかな。可哀相だよなあ、結局金メダルには手が届かないまま辞めなきゃならなくなる なんて」

「確かに、アスリートは現役でいられる時間が短いから気の毒ですね。フィギュアっ て二十歳でもうヴェテランと言われる世界だそうですもん。・・・ああ、そうだ、 フィギュアといえば」

佐為がヒカルの頭から手を離す。

「あるピアニストがね、器楽のソロ演奏とフィギュアスケートのシングルには共通点 が多い、ってことをエッセーの中で述べてるの、読んだ事があるんですよ」

「共通点?」

ヒカルが床の上にあぐらをかく。

「そう。まず、一発勝負でやり直しがきかない点。スノボみたいに第二滑走とか、ない でしょ」

「・・・確かに」

佐為はテレビの音量を下げながら続けた。

「次に、結果に対する全責任を、自分ひとりで負わなければならないという点。 個人プレーですからね。チームメイト、もしくは目の前に対戦相手がいるんであれば、 また違ってくるんじゃないか、って指摘してました」

「なるほどね」

「で、最後に、程度に差はあるにせよ、技術的なものと芸術性、その双方から評価が 下される、という点」

「・・・・」

「まあ、我々には未知の世界ですけれどね。でも、本来は対戦競技ってわけじゃない のに、上へ登るため、世に出るために、第三者の評価を頼りに点数や順位を 付けて貰わなければならないなんて、酷な話ですよねえ」

佐為は立ち上がり、また台所に入る。それを眺めながら、ヒカルも言った。

「そうだよなぁ。碁とかと違って、自分の力で勝敗決めるわけじゃないのに、大変 だよな」

ヒカルは自分の膝の上で頬杖をつく。

「そういう人達って、何を思って頑張るんだろうな」

ヒカルがそう呟くと、 佐為は吹き出した。

「そんなの、ヒカルが一番良く知ってるんじゃないんですか?」

その言葉にヒカルは目をぱちぱちさせる。佐為は皿を二つ持って出てきながら、 柔らかく笑った。

「さ、食べながら聞かせてくださいよ。ヒカルの今日の武勇伝」

その言葉に、ヒカルはにやっと笑い、佐為に向かって親指を立てた。

「勿論勝ったよ。技術的にも芸術的にも金メダル級!」







スルツカヤをものすごーく応援して たのはあたくしです・・・。







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