be human





僕は思いやりのある、寛大な大人になるだろうか。












グレタがカヴァルケードから帰ってきた。

運良くユーリも血盟城に滞在中だったので、再会のときのグレタの喜びようといったら なかった。
夜になってもそれは収まらず、グレタは自分の寝所にユーリを引き止めたまま、なかなか 寝付く様子がない。

「グレタ、もういい加減に寝ないと駄目だぞ。寝ない子は大きくなれないんだから」

「だって眠れないんだもーん。もうちょっとユーリとお話したいんだもーん」

ユーリがいっこうに部屋に戻って来ないので、痺れを切らした僕が様子を見に行った時 も、まだこんなやりとりがされていた。グレタも年齢が年齢だし、そろそろ添い寝は やめようと思う、と涙ながらに決めた方針の通り、ユーリはグレタの枕元に椅子を引き寄せて 座っているだけである。
見上げたへなちょこぶりだ。

グレタの方は寝台にいるといえばいるが、寝る体勢には入っていない。転がったり、ユ ーリにじゃれついたりとせわしない。まあ、グレタの気持ちは分からないでもない。久々 にユーリに会えて嬉しいのだろう。僕の子ども時代に も同じような覚えがある。

…でもそろそろユーリを返して貰いたい。愛娘にさえそん な思いを抱くなど、狭量にも程があるだろうか。

「それじゃ…ユーリ、何かお歌うたってよ!そしたら寝るから」

「え、歌ぁ?」

それって子守唄ってこと?と問うユーリに、グレタは嬉々として頷く。
えぇー困ったな、俺、こっちの世界の子守唄なんて知らないんだよな、とユーリは 頭を掻いている。だがやがて、

「じゃあ……地球の歌でもいい?むしろ外国語の方が言葉の意味が分からない分、寝る のに集中できんじゃん?」

「うん、いいよ!」

グレタは上機嫌で布団に潜った。ユーリはそんなグレタを掛け布団の上からぽんぽんと 軽く叩く。そして2,3回咳払いをすると、静かに歌いだした。

僕は、机脇に積み上げられた本や玩具類(グレタがカヴァルケードから持ち帰ってきたものだ ろう)を眺めつつも、耳はそばだててユーリの歌を聴いていた。

やっぱり歌詞は全く分からない。けれど、静かで優しい旋律で、眠りを誘うには悪く ない歌だと思った。

ユーリは歌うのに合わせて、片手で拍子を取るようにグレタの掛け布団を優しく叩いて いた。
もう片方の手はグレタにしっかりと握られている。

やがて歌がやみ、

「あ、ほんとに寝ちゃったよ」

というユーリの声が したので、グレタの顔を見てみると、本当に幸せそうに寝息を立てていた。
子守唄、 侮れない。






部屋に戻り、いつものように寝台にふたり並んで横になってから、僕はふと気になって 口を開いた。

「ユーリ、さっきの子守唄…」

「あぁ、あれ?あれね、本当は子守唄じゃないんだ。ただ静かな曲だから、これでもいっかなーと 思って歌ってみたの。兄貴が持ってるCDに入ってた曲でさ、最近覚えたばっかだったし。 まあ発音は微妙だったと思うけど…」

「そうか。あれはユーリの国……ニホンの言葉なのか?」

「いや違う。あれは英語。日本の言葉じゃないよ。コンラッドも喋れる地球の共通言語」

「ほう」

地球では、国ごとに使われている言語が違うと聞いた。 でも、一番利用範囲が広く、世界共通とされているのが、エイゴという言語なのだと いう。世界共通なのに、ユーリはエイゴに堪能かというと、そういうわけではないらしい。何故だ ろう。

「子守唄じゃないんだったら、どういう唄なんだ?」

「あぁ…えっと……」

ユーリは急に口篭りだした。

「…言ったらお前、機嫌悪くなるかもよ?」

「たかが唄だろう?僕はそんなに狭量じゃないぞ」

あからさまにむっとした表情を作った僕に、ユーリは、うーん、と唸ってから説明に 取り掛かった。

「さっきのはね……『be human』っていう唄なんだけど」

「びー、ひゅーまん」

「そう。”be”は、”何々になる”、”human”は……”人間”」

「……」

あぁ、成る程。だから躊躇ってたのか。

「えっと…この場合の”人間”っていうのはさ、人類って意味であって、魔族と人間とか、 そういう種族を指してるわけじゃなくって…」

「ああ、分かってる」

ユーリの故郷では魔族という種族が一般的に認知されていないので、人間と魔族 を種族で区別する概念もないのだという。従って、ヒトの形をしたものは全て”人間” という名前で括るのだ、と前に聞かされたことがある。

僕の感覚に言わせれば、凄い社会構造だと思うが。

「ヴォルフ。地球ではさ、まだ開発途上なんだけど、ロボットとか、AIとかいう ものが作られつつあってね」

「ろぼっと?えーあい?何だそれは」

男か?という、もうすっかり癖になってしまった突っ込みを入れる前に、ユーリが 解説し出した。

「ロボットっていうのは、ヒトの手によって人工的に作り出された機械なんだけど、主に、 ヒトの形をしていて自動的に動く人形みたいなやつのことをそう呼ぶの」

「自動的に動く人形…」

「そう。で、AIっていうのは、正確には人工知能って いって、その名の通り、これまたヒトの手によって作り出された知能のことで……」

「?」

「まあ要するに、ヒトの脳味噌と同等の思考とか、判断とか、記憶とかが出来る機械 だよ。学習を積むごとに成長していって、そのうち自我とか感情が芽生えてくるんじゃ ないかって言われてもいるんだ」

「……機械が思考や判断を行えると?成長も出来ると?」

「まあ、そんな感じ」

「……そんなものを作ることが可能なのか」

「可能なんですよー地球の技術じゃあね」

ユーリはそう言って笑った。少し誇らしげに見えたのは気のせいだろうか。

「でも、そんなもの作ってどうするんだ」

僕がそう訊ねると、ユーリはうーん、と首を捻る。

「俺は専門的なことは何も分からないけど……まあ、さっき言ったロボットに搭載する のが一番王道的な使い道なんじゃないの?これで、自動的に動く人形に知能がくっつい て、自分の意思で行動出来るようになるわけ」

「……あぁ」

良く分からないが、魔導も何もなしにそういうモノが作り出せるのであれば、 それは物凄いことのように思える。本当に地球人というのは、とてつもない技術力を持った 存在らしい。アニシナだったら真似出来るだろうか。……いや、出来る出来ない以前に させてはならない。兄上が死んでしまう。

「あぁそれでね、さっきの『be human』は、そういうAIを持ったロボットが自分の言葉で 自分の思いを歌ってる、っていう設定の歌なんだよ」

「そうなのか?」

やっと話が見えてきた。ただそう言われてしまうと、詞の意味 が知りたくなってくる。それを汲んでくれたのか、ユーリは、

「歌詞の意味はこういうのなんだ けど…」

と言ってから、仰向けの姿勢で天井を見詰めながら、呟くように 語り始めた。





私ハ分析シ照合シ チャント数量化シマス
100%ミスシマセン
私ハ同期化シ特殊化シ タクサン分類シマス
眠リマセンノデ 夢見ルコトモアリマセン

セメテ30%デモ 夢ヲ見ルコトガデキタラナ
ソシタラ50%ハ楽シミニ使ッテ 残リノ20%ハ何モシナイ!
私ガモウスコシ人間ダッタラ
残リノ人生ヲ一秒一秒 大切ニカゾエマス
モウチョットダケ人間ダッタラ
タクサン子供ヲツクッテ 奥サンモ一人欲シイカナ

泥ノ中ヲ転ゲ回リ 大イニ楽シミマス
ソシテソレガ済ンダラ 泡風呂ノ泡デ タワーヲ造ッテ泳グンダ
ビーチデ砂ノオ城ヲ造リ海デハシャギマクッテ ヒザヲ骨折シタリシマス
暗闇ヲ怖ガリ 一晩中調子ッパズレノ歌ヲ歌ッテ騒グンダ
モシ喧嘩ニ負ケタラ キスシテ仲直リ 虫刺サレハカキムシッテ
笑イジワモ歓迎シマス
ゴロゴロイウマデ子猫ヲナデタリ 小鳥モ飼ッテミタイシネ
約束ハイツデモ守リマス
悲シイ映画ヲ見テ泣イテ オ腹ガ痛クナルマデ笑ッタリ
大キナオートバイヲ買ッテ 湖沿イヲ走ッテ
友達モタクサン作ッテ 夜遊ビモスル

モシモウスコシダケ人間ダッタラ
全テノ出来事ヲ キラキラ目ヲ輝カセテ見ツメルト思ウ
モウチョットダケ人間ダッタラ
人生ニ起コル全テノ感情ヲ シッカリト抱キシメルハズ

私ハ思イアリノアル 寛大ナオトナニナルダロウカ?
感傷的ニナッタリ 寂シガッタリスルカシラ?
疑ッタリ 不安ニナッタリスル?
誰カヲ悲シマセタリスルノカナ?
何ヲスベキカ分カルノカ?
全テガ終ワル時 泣クノカナ?
死ガ訪レタ時 天国ヲ見ルノデショウカ?





「……」

言葉が出なくなってしまった。

これはもう何というのだろう、心を抉られたような感じだ。

「俺、初めてこの歌詞の意味が分かった時さ」

ユーリが変わらぬ姿勢のまま呟いた。

「涙出てきたよ」

「……あぁ」

この感情を言葉で言い表せない、自分の語彙の貧困さがもどかしい。
もっと何か、気の利いた感想が言えればいいのに。コンラートだったら出来そうなもの だが。

少し沈黙があった後、

「これってさ」

ユーリが切り出した。

「ロボットが人間に強い憧れを持ってる、ってことを歌ってるわけ。生まれながらに 自我も感情も持っていて、気持ち一つで色んなことが出来る存在を、羨ましく思ってる 歌なんだよね。もし自分が人間だったら、あれもやってみたい、これもやってみたいっ て。これだけでも、何かじんとくるだろ?」

「ああ」

「……でもさ俺、それと同時に、聴き手に対して教訓っぽいものも示してるんじゃ ないかと思うんだ」

「教訓?」

ユーリは頷く。

「俺たちは、こういう当たり前のことが当たり前に出来ることを、感謝しなけ ればならない。持って生まれた命は大事にしなくちゃいけない、ってね。まあ自分の命 だけじゃなくって、他人の命でもさ……
…種族の違いに関わらず、みんな平等に生きてることに変わりは ないわけだし」

そう言うと、ユーリは僕の方に顔を向け、

「そう、思わない?」

と言い、ふわりと微笑んだ。

「……」

またも言葉が出てこない。どうしてだろう。 詞の意味を聞かされてからこっち、ろくに口が利けなくなってしまったみたいだ。 僕が黙ってしまっているので、

「ピロートークにしちゃあちょっとシリアス過ぎたかな?」

とユーリは笑い、しんみりした空気を払拭しようとした。

「さ、もう寝ようぜ。今日はグレタとはしゃぎ過ぎちゃったから、疲れたな」

ユーリはそう言うと、掛け布団を僕の首下まで引っ張り上げ、さっきグレタに したように、布団の上からぽんぽんと叩いてくれた。

やがて、ユーリが寝息を立て始めた。珍しいことだ。ユーリが先に寝て僕がまだ起きて いるなんて。

それでも僕は眠ろうと眼を瞑る。すると、やけに耳についてしま った詞がひとつ、頭の中で反芻された。



私ハ思イアリノアル 寛大ナオトナニナルダロウカ?



瞑った眼をまた開ける。そして、隣で寝息を立てている婚約者の顔を見た。

唄を一つ教わっただけなのに、それについて少し話をしただけなのに、またユーリの 底知れぬ資質の
片鱗に触れてしまったような気がする。
それにいちいち驚いている自分が、いかに小さい器かも 思い知らされてしまう。

もう一度、詞を反芻した。今度は自分の言葉で。

――僕は思いやりのある、寛大な大人になるだろうか。なれるだろうか。

僕は………

眠るユーリにそっと近づき、自分の腕の中に抱え込んだ。起こさないようにそっと、髪に 唇をつける。



――僕は思いやりのある、寛大な大人になれるだろうか。



…なれるとも。なってみせる。お前に、ちゃんと釣り合うように。














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