4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







10.





ハーツフィールド国際空港は広い。物凄く広い。

何せ、ターミナルと六つあるコンコース間の移動は、地下鉄を使わなければならないのだ。 成田空港の何十倍あるのかと思わせられてしまう。

まずは三階の入国審査場に進み、入国審査を受ける。その後一階の手荷物受取所に 降り、そこで手荷物を受け取った。

その足で今度は税関審査を受ける。更に到着ホールに出る前にセキュリティーチェック を受け、ようやくロビーに足を踏み入れることが出来た。

「ああ良かった!無事に入国出来て」

今まで涼しい顔していた村田が、一連の審査を終えてロビーにやって来た途端に眞魔 国語でそう言い、大溜息をついた。それに紛れて、ヴォルフラムも詰めていた息を吐き 出す。正直、大勢の係官の目に次から次と晒される審査の間、ずっと緊張していたのだ。

「渋谷のおにーさんが手配したからまず間違いないとは思ってたけどね、でも万が一 、君が引っかかってそこから国際問題になりでもしたら……考えるのも恐ろしい」

村田は大袈裟に身震いして見せる。

ヴォルフラムも、外国に足を踏み入れるのにここまで手間がかかることに驚いていた。 向こうの世界では考えられないレヴェルだ。

地球では科学技術の発展を背景に、犯罪も複雑、多様化を極めていると以前ユーリが 言っていた。
ここまで徹底しなければそれらを阻止するに至れないのだろうか。

「さーて、無事に入国出来たところで、まずは渋谷の居所を掴まなくっちゃね」

村田が歩調を速めるのへ、ヴォルフラムは慌ててついて行く。











時刻は午後二時半を過ぎた。

ヴォルフラムは自分の左腕にはめられたデジアナ腕時計を見下ろした。
プレイボーイのロゴが入ったそれは、こちらに着いてから村田がその辺の店で適当に 見繕って購入し、ヴォルフラムにつけさせたものだ。

「こっちの世界じゃね、時間ってものの概念がちょっと向こうとは違うんだよ。凄く 細かく正確にカウントするの。分刻みは当たり前だし、秒刻みも珍しくない。 時間守らないと手酷い目を見ることにもなりかねないのね。だから、その時計はいつも つけてて。デジタルとアナログ両方見れるから、それで時計の読み方も覚えちゃってよ」

今一つ飲み込みきれていないが、ともかくヴォルフラムは言われたとおりに することにした。ユーリ愛用の腕時計と、ちょっと似ていたことだし。

さて、二人は今、ハーツフィールド空港に直結した地下鉄「マルタ」に乗り、ダウンタウン 中心部に向かっているところである。

先程、村田が自分の携帯端末(海外でも 使えるタイプにものだ)から、ユーリの携帯端末を鳴らしたのだが、電源が入っていない らしく、返答がなかった。
続いて、ネットカフェに飛び込み、村田のPCのメー ルボックスを開いたが、こちらにもユーリからのメールはなかった。 村田とヴォルフラムが出発するのと同時に、勝利が何らかの手段で、ユーリに二人が向 かう旨を連絡していてくれている筈なのに。

アトランタに着いてはみたものの、村田とヴォルフラムはかなり宙ぶらりんな状況に 置かれていた。

「……ま、今どの辺りで動いてるかは大体予想つくんだけどね」

混んでも空いてもいない地下鉄の固い座席に体重を預け、村田はそう言う。 そのリラックスした様子を見て、ヴォルフラムは切り出した。

「猊下」

「なーに?」

顔を前に向けたままで、村田は返事をした。

「ユーリがこの国で何をしているのか……教えて下さらないんですね」

ヴォルフラムも顔を前に向けたまま、そう言った。別に拗ねているわけでも、 村田を責めているわけでもなさそうだ。

「だって君、訊かないじゃん」

「機会を逃してただけであって、別に知りたくないわけ じゃない」

そう言って、村田の方に強い視線を投げる。

「僕は、その内容如何によってはやめさせようとか、そんなことを考えてるわけじゃ ない。こちらの事情を良く知らない僕がそんなことを言う権利はないし、それに 仮にもユーリはこちらの世界では……軍人だったんでしょう」

「軍人じゃないよ、 自衛官。正確には」

そう。

渋谷有利はちょっと前まで、陸上自衛隊に属する自衛官だったのであ る。

有利は高校卒業後、当人曰く「一生分の勉強を全部やった」末に合格した、都内の私大 に現役で進学した。

大学在学中は勉学の傍ら、野球もバイトもし、また時折海外に出ることもあり、結構あらゆる ことに手を出したようだが、比較的真面目な学生生活を送っていた。
禁煙は守り通 したが、残念なことに飲酒は大学四年間で何度か経験してしまったらしい。まあ仕方が ないといえば仕方がないが。

そして、きっちり四年で卒業した後、有利は陸上自衛隊に2等陸士として入隊 したのである。

こうすることは、結構前から決めていたらしいが、家族に話したのは大学三年 の終わり頃だった。
「陸自に行こうと思う」という有利の爆弾発言には、両親も兄 もこの世の終わりとばかりに慌てふためき、兄などは泣いて止めようとした。

だが有利の決意は固かった。
その時既に家族には眞魔国のこと、自分が魔王であること など、全部カミングアウト済みだったので、「国王としての責任を果たすため、 身に付けられることは何でも身に付けたい」と熱意を持って説得した結果、何とか 両親は納得した。兄は納得しなかったが。

そして有利は四年生になっても就活はせず、かなり早いうちから採用試験の勉強を始め た。

大卒だったら幹部候補生としての採用を狙えそうなものだが、有利は始めから 2士狙いだったらしい。
だったら進学などしないで、高校を出た時点で入隊すればよかったじゃないか、とも 言われそうだが、有利にとっては大卒の後に入隊、というのが外せないポイ ントだったようだ。

タンジェントにもあった。



物騒な言い方になるが、俺は身体も頭も武装したいのだ。 眞魔国とは全く違う種類の軍事力を持った自衛隊で訓練することが、果たして本当に 役に立つのか、眞魔国のためになるのかは、正直分からない。

でもやりたいのだ。でないと俺の気が済まないのだ。頭も腕っぷしもついでに顔もいい 部下に囲まれている上司としては、とりあえず地球でそこまでしておかなくては コンプレックスが拭い去れない。

それを使うか使わないかは別として、邪魔にならないものなら身に付けたい、という 思いもある。

だから俺は大学へ行く。そしてその後、自衛隊へ行く。



入隊後も営内で集団生活をしながら、眞魔国との行き来は続けていた(主に浴 場から流される)。
スポーツ刈りで血盟城に現れた有利を見て、ギュンターが 気絶したのは今や伝説だ。

眞魔国の近臣たちに、入隊のことは黙っていたが、程なくしてバレた。
特にコンラートなどは早々に、この坊主頭といい、ちょいちょい作ってくる傷や怪我と いい、何か特殊な事をやっているな、と感づいては いたらしい。

だが、軍事組織へ入隊し、訓練しているということが分かると、コンラートをはじめ 近臣たちは唖然としていた。特にギュンターの壊れぶりなどは目も当てられなかった。

「荒くれ者の兵士たちの中に陛下を入れるなんて!ゾモサゴリ竜の群れの中に仔猫を 入れるようなものです!」

とりあえずそれをやんわりとなだめ、皆に向かってユーリは、

「自衛隊は戦争 はやらない軍隊だから。死ぬことは多分ない。 だから安心して。ちゃんと設備の整ったいい場所で訓練してるんだから」

と 出来る限りの説明をし、納得させた。

そして有利は陸自での二年の任期を全うした後、原隊を離れた。継続勤務 も出来たのだが、敢えてそれは選ばず、現在は即応 予備自衛官として、有事の際にのみ現場に馳せ参じる立場にあるという。

因みに今はスポーツ刈りではなく、即位当時と似たような髪形になっている。更に付け加えると、 これは体質なのか、ユーリは自衛官勤務を経ても、そう特別に筋肉隆々となることはなく、 彼が憧れてやまないマッチョには程遠い状態であった。気の毒なことに。









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