4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







3.





目当ての人物は、噴水の淵に腰掛けていた。

「やあ」

案内役の巫女に連れられてやって来たヴォルフラムを 見ると、大賢者・村田健は片手をあげ、愛想良く微笑んだ。そんな彼に 向かって、ヴォルフラムはつかつかと歩み寄る。いったん案内役の巫女を振り返り、 下がって良い、と言うと、すぐに村田に向き直った。

村田は片手の上に顎を乗せ、自分の膝の上に頬杖をつくような格好に なると、独り言のように、

「意外と遅かったね。もっと早く来るんじゃないかと思ってたけど」

と言った。

それを聞いてヴォルフラムは、あぁユーリの奴、やはり猊下にだけは全部 話していたのか、と少し苦く思った。しかしそれを表情に出さないように、努めて きびきびした口調で言う。

「それなら話は早い」

ヴォルフラムは前へ一歩進み出た。

「猊下に折り入ってお願いがある」

「何ざんしょ」

村田は変わらぬ姿勢で、相手を面白そうに見上げている。

「猊下は既にご存知のようだが、ユーリは世直し旅に出るとかで、突然姿を消してしまった。 書置きによれば、これから地球に戻るか、それともこちらの世界で 移動を始めるか、まだきちんと決めてはいないとあった。けれど・・・僕は、ユーリは地球 に戻ったのではないかと思っている」

村田はわざとらしく両目を見開く。

「へえ、何でそう思うの?伴侶の勘?」

村田のリアクションに、ヴォルフラムは眉間に皺を寄せそうになったが、努め て冷静に述べ始めた。

「ユーリは夕べにうちにこっそり城からいなくなった。誰もあいつが出ていくところは 見ていないらしい。
けれど、 誰にも見咎められることなく城の警備を掻い潜って城外へ出るのは、いくら 血盟城内やその周辺を熟知していたとしても、難しいことだ。見張りの兵に金でも握ら せたのなら話は別だが、ユーリがそういうことをするとは思えない。となると、ユーリ は城から出ていないのではないのか?地球に行くのなら、城から出る必要はない。風呂 でも噴水でも、何処かの水場に飛び込めば済む話だ。違うか」

ユーリはいまや、ある程度の条件さえ揃えば、自分の力で地球と眞魔国を行き来 することが可能になっている。いちいちウルリーケが召還したり送ったりする必要は なくなっているのだ。

ヴォルフラムの説を、村田は黙って聞いていた。そして、それが正解だとも不正解だと も言わぬまま、

「・・・で、君は僕に何のお願いがあってきたの?」

と言いながら姿勢を正す。ヴォルフラムは、自分の推理を肯定されたものと受け取った。 そして、一息ついてから切り出した。

「僕も地球に行きたい。猊下、力を貸して 下さらないか」

ヴォルフラムはじっと村田の顔を見詰めた。村田はその言葉に対しては殆どリアクショ ンを見せず、静かに訊いた。

「行ってどうするの?」

ヴォルフラムは即答する。

「ユーリに会う。それで、僕も一緒に連れてってくれと頼むんだ」

「渋谷の旅に同行させてくれと?」

「そうだ」

深く頷くヴォルフラムを、村田はじっと見ていた。だがやがて視線を外し、数秒黙って からまたも独り言のように喋り始めた

「渋谷は君を連れて行くべきか否か、最後の最後まで悩んでたよ。でも結局、君を置いて いった。それこそ断腸の思いだったろうに。それがどうしてか、君、分かる?」

「・・・・・」

大賢者にそう問いかけられると、自分には考えもつか ない重大な理由があるのではないかと思われて、口が開けなくなってしまう。ヴォルフラム が当惑した表情のまま黙ってしまったので、やがて、

「あのねえ、フォンビーレフェルト卿」

村田が自分から切り出した。

「地球はね、こっちとは、そりゃあもう全然違う世界なんだよ。誰も馬や馬車 を交通手段になんかしてやしないし、貴族や貴人とかいう概念もとっくに廃れてる。剣 なんか持ち歩こうものなら、あっという間に捕まっちゃうんだよ?」

「・・・・・」

これが、自分が置いていかれた理由なのか?

地球の話なら、ユーリから色々と聞かされてきた。いいことも悪いことも。こっちの 世界との違いも、随分教えて貰った。今村田が言ったことも、既にヴォルフラムは知っ ていたことだ。

・・・分からない。合点がいかない。

ヴォルフラムは眉間に皺を寄せて相手の顔を 見詰めた。村田はそんなヴォルフラムの心情はお構い無しに、淡々と喋り続けた。

「それに君、言葉どうするの?向こうじゃこっちの言葉は通じないんだよ。しかも 国や大陸によって、かなり細かく言語が使い分けられてるんだ。何語、喋るつもり? 喋るだけじゃない、読み書きも出来ないでしょ?向こうでそれだと滅茶苦茶困るよ? 情報化社会なんだから」

「・・・・・」

正直、猊下に頼めば何とかなるんじゃないか、渡航した後も、ユーリと合流出来れば 何とかなるんじゃないか、としか思っていなかったので、そういう部分には まるで計画がなかった。
ユーリを追う、ユーリのところへ行く、その決意の勢いだけで 飛び出して来てしまったのだから。

「・・・でも」

苦し紛れに前例を持ち出してみる。

「でも、ユーリは大丈夫だったじゃないか。初めて眞魔国 に来た時、戸惑いはかなりあったんだろうが、それでも比較的早くこちらの世界にも 馴染めたじゃないか。ユーリだけじゃない。コンラートも以前、地球に渡航して暫らく 向こうで過ごし、無事に帰ってこれた。それなら僕だって・・・」

「フォンビーレフェルト卿」

村田が遮った。

「渋谷がこっちの世界に比較的早く馴染めたのは、彼の性格のなせる技だとか、 言葉に困る事がなかったからとか、常に面倒見てくれる人が側にいたからとか、色々と 理由は思いつくけれど、でも一番大きいのはね、地球から眞魔国に、っていうコースを 取ったからだよ」

「・・・は?」

「でも、君はその逆をやろうとしているわけでしょ?眞魔国から地球に行こうとしてる。 これ、渋谷の場合と何処が違うか、分かる?」

「・・・・・」

村田は息継ぎの間をとってから、少し顔を上に向けた。

「前時代的な世界に飛ばされるか、未来的な世界に飛ばされるかの違いだよ。 古めかしいけれど既知のモノが幅を利かせている前時代的な世界と、まるで見たことも 聞いたこともない未知のモノが溢れかえっている未来的な世界・・・同じ異世界への 渡航でも、どっちに飛ばされるかによって、対応の仕方が全く違ってくるんだよ?」

「・・・・・」

ヴォルフラムは解せない。村田は変わらず、淡々と続ける。

「地球はこっちの世界より、遥かに文明が進歩した世界なんだ。渋谷はそんな 世界から、それよりずっと遅れたこっちの世界に飛ばされたから、何とか順応出来た。 でも、君はその逆をやろうとしている・・・」

「・・・・・」

「それって、難しいと思うよ」

「・・・・・」

村田は容赦なく喋り続けた。

「ウェラー卿が地球に行ったのは、地球時間にして今から30年近く前のことだ。 地球ってね、時代の移り変わりがおっそろしく速いんだよ。それこそ30年の変化って いえば、こっちの90年分には相当すると思うね。いや、もっとかな・・・まあとに かく、ウェラー卿が過ごせた時とは、事情が全然違ってるんだよ。全然」

ヴォルフラムは俯いてしまった。何も言えない。これ程懇切丁寧に、自分が地球で暮らすことがいかに 難しいか解説されてしまっては、何が言い返せるだろうか。

「そんな世界に君を行かせて、うまく渋谷と合流できたとしてもだよ?その後、本当に 苦労するのは君じゃない。渋谷だよ」

ヴォルフラムはハタと顔を上げた。

「地球での”仕事”に加えて、渋谷は君の面倒も見なきゃならなくなる。大変な 負担だと思うよ。それだけじゃない。君が、地球における常識がないがために、無知で あるがために、何か厄介事に巻き込まれる可能性も決して低くはない。もしそうなっ たなら渋谷は、身を挺して君を庇うだろうな。そうなれば実際に火の粉を被るのは君で はなく・・・」

「ユーリの方になる、と?」

そう後を続けたヴォルフラムの顔色は、明らかに変わっていた。それを見やり、村田は 人差し指で眼鏡を押し上げた。

「そういう予測がついていても、君は地球に行きたいの?」

自らの欲求に突き動かされて起こした行動の結果、最愛の人を苦しめるようなことに なるとしても?

言われてもいないのに、そんな声がヴォルフラムの中に響いた。

ああ無理なのか。ユーリのテリトリーである地球では、僕は足手まといにしかならない のか。いつになっても僕は、わがままでユーリを困らせるしか出来ないのだ。

「・・・分かりました。もういいです。猊下がそれ程までに反対なさるのであれば、 僕は・・・」

「ちょっと待ってよ、フォンビーレフェルト卿」

沈みきったヴォルフラムの 言葉を、笑いを含んだような声で村田が遮った。顔までも微妙に笑っているように 見えるのは気のせいか。

「確かに今僕は、君が地球へ渡航してその後暮らしていくのがいかに大変か、延々と 説明したよ。
でも・・・僕がいつ反対しました?」

「・・・へ?」

間抜けな声を上げるヴォルフラム。村田は、さっきの 淡々とした言動とは打って変わったニヤニヤ笑いを浮かべつつ、立ち上がった。

「難しいことだとは散々言ったけど、行っちゃ駄目とは、一言も言ってないよ?」

「・・・・・猊下?」

手を後ろで組み、当惑気味のヴォルフラムの横をゆっくりと 歩く。そして、相手の後ろ側に回ったところで呟いた。

「ま、百聞は一見にしかず、って言うし・・・」

そして突如大きな声で言った。

「それじゃーいってみよーう」

どん

大仰な音と同時に、ヴォルフラムは背中に強い衝撃を受けた。

「うわっ・・・?!」

村田に突き飛ばされたヴォルフラムは、70年代のコント宜しく、見事に噴水に転落した。

そして派手にあがった水飛沫の中、その姿は見えなくなった。




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