4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







6.





テーブルの上に四角く平たいものが順番に置かれてゆき、そのたびにこれはどういう もので、どんな意味合いがあるのか解説を受けていく。ヴォルフラムは自分の頭の中 に詰め込まれた知識と照らし合わせながら、相手の言う事を何とか飲み込み切ろうと 頑張っていた。

「で、最後にこれが……」

勝利が差し出したものに、ヴォルフラムは視線を移す。

「パスポートだ。これが身元証明になる。君の名前が名前なんで、設定としてはドイ ツ系アメリカ国籍ってことにしてある。たった今から君は、ヴォルフラム・ ビーレフェルトだ。名前を聞かれたらそう名乗るように」

「はい」

そう答えながら深く頷いた。

既にヴォルフラムの頭の中には、地球の英語圏では名前を最初に、姓は後ろにつけて名乗るのが一般的だという知識 が頭に入っている。更に、アメリカ合衆国という国はありとあらゆる人種の集まる 国家で(そしてユーリが生まれた国でもある)、他国の血筋をひく者でも正規の手順を踏めば、アメリカ国籍を手にすることが 出来る、という知識も詰め込まれていた。

パスポートに貼り付けられた 自分の写真(渡航初日に村田が『でじかめ』とかいう機械で撮影し、何らかの手段に よって勝利に送ったものだ)を眺めながら、ヴォルフラムは自分にしっかりと言い 聞かせる。

僕は、ヴォルフラム・ビーレフェルト。ドイツ系アメリカ人だ。

「あおい眼をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド、ってか」

勝利は口ずさむようにそう呟いた。それに村田が素早く反応する。

「お、随分とまあ古い唄を御存知で」

「四千年分の記憶がある君が言うことかね、ダイケンジャー」

ヴォルフラムは解せないまま、二人のやりとりをぽかんと聞いていた。ただ、勝利 が口走ったフレーズが、妙に耳についた。

あおい眼をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド……。

「ああそれで友達のお兄さん!弟くんはいま何処にいるんですか?場所によっちゃあ、 彼を現地まで連れてってあげようかとも思ってるんですけど」

『彼を』と言ったところで村田はヴォルフラムの方を一瞬見やった。ヴォルフラムも 表情を変え、勝利をじっと見詰める。そうだ、本題は此処からなのだ。

勝利は、そんなヴォルフラムをちらっと見、あまり気乗りのしなさそうな渋い表情の まま、少し間を置いてから呟いた。

「有利は今、アトランタにいる」

アトランタ。ヴォルフラムの頭が素早く情報を検索した。

アメリカ合衆国ジョージア州の州都にして最大都市。自動車、機械、食品工業が集まり、 中でもコカ・コーラ社の企業城下町として有名。デトロイトやセントルイスと並 ぶ、全米でも有数の犯罪都市でもある。1996年夏季オリンピックの開催都市……。

「じゃあ彼、今あの4人と一緒にいるんですか?」

村田がそう言ったのを聞き、ヴォルフラムはぴくりと反応した。あの4人?

「ああ。今回はかなり大きい捕り物になるかもしれないそうだ。あいつ一人じゃ危険 過ぎるし、第一仕事が成立しない」

今、物騒な単語をいくつか聞いたような気がする。ヴォルフラムは眉間に皺を寄せた。
結局、ユーリはこの地球へ、具体的には何をしに戻ったのだろうか。あの4人、 捕り物というのは何を意味するのか。まさか危ないことに手を出しているのだろうか。

「……じゃあ、どうしよう。渋谷と合流することで危険が伴うんであれば、 フォンビーレフェルト卿は連れてかない方がいいのかな。君に何かあったら僕が渋谷 に恨まれる」

ヴォルフラムはそれを聞いて、きっと村田にきつい視線を向ける。

「僕は軍人だぞ」

それに対して、勝利が溜息をつく。

「軍人さんとは言ってもねえ、此処は地球だからねえ」

「しかし義兄上……」

「君にあにうえ呼ばわりされたくはないな、弟の ライフパートナー君」

ぴしゃりとそう言われ、ヴォルフラムは口篭った。

「まあまあ友達のお兄さん」

村田が取り成すように口を挟んだ。

「とりあえず、今晩は此処に泊まってってもいいんでしょ?その間に今後 どうするか、彼と相談しますよ。でも念の為、飛行機のキャンセル待ちの手配、して おいて貰えます?」

勝利はまたも渋い顔で溜息をつき、仕方ないな、と言った。







「僕は嫌われているらしいな」

「え?」

勝利が荷物をまとめて部屋から出て行き、部屋に二人残されると、 ヴォルフラムは窓の外を眺めながらぼそっと呟いた。もう夕刻だ。日が落ちかけている。

「嫌われてるって・・・渋谷のお兄さんに?」

「ああ」

頷くヴォルフラムに、隣の村田は笑みを漏らしながら言った。

「嫌ってる・・・のとはちょっと違うかもよ。あの人は猛烈なブラコンで、弟命!って 人だから。大事な大事な弟の伴侶っていうポジションにある君のことが、ちょっと面白く ないだけなんじゃないかな」

「それを嫌っているというんじゃないのか」

「いや、本当は君とも親しくなりたいんじゃないかと思うよ?素直にそれを出せない だけで」

そう言われ、ヴォルフラムはふと長兄のことを思い出した。あの人 にもそんなところがある。

「それでも、こちらの世界の魔王陛下であらせられる……」

それを聞いて村田は肩をすくめた

「まあ、あっちの魔王とはだいぶスタイルもやってることも違うんだけどね。 一国を治めてるわけじゃないし、表向きな職業は別に持ってるし」

そういえば、ユーリもこちらの世界では魔王業とは別の職業についていると言って いた。詳しくは聞いていないけれども。

ヴォルフラムは改めて窓の外に目をやった。
此処から見える風景も、また灰色だった。高層ビル群 の隙間から申し訳程度に見える夕暮れ時の空の色が、彼の目には物悲しく写る。

これがユーリの生きるもう一つの世界。眞魔国とは違う、ユーリの生まれ故郷。

「猊下」

「うん?」

「あの唄、何なんです?」

「あの唄?」

「あおい眼をした……何とかっていう、さっきユーリの兄上 が言っていた」

「あー、あれね」

村田は苦笑いしてから、小さく 口ずさみ始めた。



青い目をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド。日本の港へ着いた時、 いっぱい涙を浮かべてた。

わたしはことばがわからない。迷子になったらなんとしょう。

やさしい日本の嬢ちゃんよ、仲よく遊んでやっとくれ。仲よく遊んでやっと くれ



「………」

ぽかんとしているヴォルフラムに向かって、 村田はまた苦笑いした。

「古い唄だよ。ほんとに古い唄。今どきの若者に聞いても、多分分かる人は いないと思うね」

そう言うと村田は、さてと、と気分を切り替えるように 大きく伸びをした。

「フォンビーレフェルト卿、明日の朝までに、今後どうするのか決めてくれる? 渋谷は今アトランタにいて、それなりに危険が伴うであろう仕事にかかっている。 そんな彼の側に行けば、君にも危険が降りかかる可能性は否定出来ない。それを 頭に入れた上で、このまま地球に残って渋谷を追いかけるのか、それとも眞魔国に 帰るのか、結論を出してくれ。今晩じっくり考えてさ」

一方的にそういうと、村田は部屋の出口に向かった。

「猊下、どちらに?」

村田は足を止めずに首だけで振り返った。

「僕の部屋は隣に取って貰ってるの。さすがに親友の伴侶くんと同じ部屋に 泊まるのはどうもねえ。あ、食事はルームサービスで好きなもの取っていいよ。 何か分からないことがあったら、僕の部屋に来てくれれば教えるから」

それだけ言うと、村田はさっさと出て行った。ユーリの”仕事”とは一体何なのか、 何をしに行ったのか、ヴォルフラムは聞きそびれてしまった。







照明器具なら眞魔国にもちゃんとある。が、明るさはこっちのものと比べ物に ならなかった。

この部屋の室内灯はヴォルフラムの眼には眩し過ぎる。陽が完全に落ちて 暗くなっても、ヴォルフラムはベッド脇のオレンジ色の間接照明だけで過ごしていた。 何をするわけでもない、ただベッドの淵に腰掛けてぼんやりしているだけなので、 多少薄暗くても困る事はない。

はじめのうちこそ、家電製品やら何やらが珍しく、 部屋中を歩き回っていじり倒していたが、じきに飽きてしまった。使い方の分からない ものも結構あったし、テレビをつけてみても、言葉は認識出来るが内容がさっぱり 分からないので、やがて消してしまった。

村田に助けて貰いながらルームサービスで夕食を軽く取り(とりあえず食べ物に 戸惑うことはなかった)、その後はひたすらぼんやりして過ごしていた。

耳についてしまったさっきの歌の歌詞が、頭の中で反芻される。

青い眼をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド……。

あおい眼をした人形。自分のことだ。日本語では、「あおい」という形容詞は、 「青」と「緑」両方の意味で使える、と脳に詰め込まれた知識にある。

今の自分は異国、異界から来た訪問者だ。言葉も分からなかったし、迷子になったら 笑えない立場でもあるし。

ふとした拍子に、替え歌が出来てしまった。



黒い眼をした少年は、異世界生まれの混血児。国境の村に着いた時、いっぱい涙を 浮かべてた。

わたしは言葉が分からない。迷子になったらなんとしよう。

優しい魔族の坊ちゃんよ、仲良く遊んでやっとくれ………



ヴォルフラムはベッドにどさりと倒れるように横になった。金色の前髪をくしゃりと 手で掴む。

今まで、何度も何度も後悔してきたこと。

あの時、初めてユーリに会った時の僕は、「仲良く遊んでやる」どころか、酷い態度、 言葉を浴びせ、彼をいたく傷つけたのだ。

突然異世界に召還され、訳も分からずその国の王位に就くように求められ、彼は困惑 しきっていた。
「いっぱい涙を浮かべてた」かどうかは分からないが、そんな彼に 自分はいたわりを示すどころか、こちらの都合と価値観ばかり押し付け、語り尽くせぬほどの無礼を働いた。

ユーリが魔王でなかったとしても、普通に考えればあれは人道に反する行為だろう。 でもあの頃の僕には、そんな普通のことすら分からなかった。

あの求婚が間違いであることは、本当は分かっていた。

地球においては、あれは相手に激しい怒りをぶつける時にする行為なのだと コンラートに教えられた。
激しい怒り。無理もない。引っ叩かれても仕方のないことを自分はしてしまったの だから。あれは完全に僕が悪かった。

それでも。

形だけとはいえ手に入った婚約者という肩書きに、自分はしがみつき続けた。

好きになってしまったから。いつも隣に、一緒にいて僕だけを見ていて欲しい 程に、彼を好きになってしまったから。だから彼の行くところには何処へでもついて ゆき、僕はユーリの婚約者、僕はユーリの婚約者と喚き続けた。

……そして、婚約者から伴侶へと昇格した今もなお、僕は同じことをしている。

ヴォルフラムはひとり自嘲した。
あの頃から、自分は対して変わっていないのかもしれない。
ユーリは恐るべき速さで成長し、進化していったというのに、自分は変わらず わがままで、甘ったれのままなのかもしれない。

ヴォルフラムはぎゅっと目を瞑った。愛しい彼の姿を瞼の裏に思い描こうとする。

ユーリ。

会いたい。

会いたいよ、この世界でも、君に。









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