4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







8.





結局のところ、王様の仕事というのは何なのだろうと思ってしまうことが 今でもある。

それこそ今の日本では、童話か合コン中のゲームかもしくは揶揄表現でしか お目にかかれないこの
職業、なってみて数年になるが、俺は未だにその実体を掴み 切れていないのだ。

スケールが大きすぎる為か、それとも俺の理解力に問題が あるのか。
その辺りも今一つ分からないけれど、でも俺は、その王様という身分についてまわる 権力や財力にモノを言わせて贅沢三昧をしようなどと思った事は一度もないし、 これからもそれは主義として通すつもりでいる。必要がないからだ。俺個人の私 欲を満たすことにしかならないし、それでは国民の皆さんから取り上げた税金を 使う理由にならない。

第一、もとが庶民育ちの俺にはあまりにも似つかわしくない。

そもそも、眞魔国の国王にする予定の俺を、地球でしかも庶民のガキに設定 して15歳まで大きくした理由は、本当のところ何だったのか。

こじつけたような理屈なら幾つか思い浮かぶが、それでは俺の推測でしかない。

ならいっそ、その推測に乗っかってみるのはどうだろう。

地球出身、庶民育ちという俺の履歴をうんと生かしてしまうのだ。
周りは相変らず 身分を意識しろだの魔王らしく振舞えだのと煩いが(主にギュンターとヴォルフと グウェンダルが)、それは魔王という身分に合わせて俺の本質をも引き上げ、背伸び しなければならないということだ。勿論それは大事なことであるし、それをしなければ いざという時に困るのは俺だ。

けれど、それは時間をかけてゆっくりやらせて貰う として、当面は俺の本質の方に魔王という身分を引き寄せる方向で考えてみようかと 思う。

そうすれば、執務だけに留まらない、俺という王様の仕事がぼんやりと見えてくるかも しれない。

これは誰にも言わないでおこう。
解釈のされようによってはかなり反発買いそうだし、そうでなくとも渋い顔は されるに決まってるから。







そこまで読むと、ヴォルフラムは「タンジェント」を閉じた。 そして窓の外の雲海に目をやる。

成田を発ってもうどのくらい経つだろうか。今はハーツフィールド空港 行きの便の中だ。

生まれて初めての空の旅。さすがに離陸する前はかなり緊張したが、いざフライトが 始まってしまうと、割とすぐに気にならなくなった。

船のような揺れもないし、 座っているシートもそこそこ快適だし、機内も 静かなものだ。少し耳に違和感があるが、それは高度の関係上、フライト中は誰でも 感じることだから気にし過ぎないほうがいいと村田に言われたので納得した。

現地に着くまでは約12時間だという。ヴォルフラムの感覚からすれば、 海外に出るにしては驚異的な速さだ。

とはいえ、じっと機内で12時間待つのは長い。ヴォルフラムは村田に 言われたとおり、座席に身を埋めたまま、タンジェントでユーリの随筆のような書き 物や、メモ書きなどを読むのに集中していた。

タンジェントに収まっているのは、綺麗にまとまった文章ばかりではない。

意味の分からない図や、殴り書きに近い冒涜的な文句、法案の前文の下書きのような ものや、演説の原稿まで混じっている。眞魔国語だけでなく、たまに日本語や英語で 書かれたもののあったが、どれもこれも、ぶっきらぼうながらも温かみのあるユーリの 筆跡で、ヴォルフラムは飽きずに液晶画面を追い続けた。

こんなものもあった。



はやく歳喰いたいはやくでかくなりたいはやく大人になりたい



年号と日付を見て、これがいつどんなタイミングで書かれたものかと 考えたが、思い出せない。だが、
大きな文字で紙面一杯に殴り書いたようなこの文。 一言一言に焦燥が滲んでいるように読み取れた。

それにしても、紙でもなんでもないこの画面に、何故ユーリの筆跡そのままの 書き物が出てくるのか、
いやそれ以前に、このペラい装置の何処にこれ程膨大な量の 情報が入っているのか。

さっぱり分からないけれど、それでもヴォルフラムは 村田に教わったとおりの操作で、次々と画面に現れる文章を読んでいた。

しかし流石に目が疲れてきたので、窓の外の雲海をぼんやり眺めていると、やがて 機内食が運ばれてくる時間になった。

「うわー、金髪のフライトアテンダント」

隣でPCを叩き続けていた村田 が、顔を上げてうきうきとそう呟き、眼鏡のレンズを拭き始める。
その視線の先には、 ハニーブロンドのフライトアテンダント。エプロン姿で次々と乗客たちに機内食を配っ て歩いていた。

そういえば。
ヴォルフラムはその金髪美女を見ながら思った。

地球に来てからこっち、自分と同じ髪の色の人物を見かけることは少ない。

いつ何処で周囲を見渡しても、目に飛び込んでくるのは黒頭ばかりだった。成田に来たら、そこにぽつぽつとブリュネットや金髪、赤毛の人々 が混ざり始めたが、大勢の黒頭にブリュネットや金髪が「混ざってる」という光景なぞ、 向こうの世界ではまずお目にかかれるものではない。

(混ざってる、か……)

ヴォルフラムは胸の内で呟いた。そして思う。

自分は随分長い間、魔族至上主義を貫いてきた。
人間を忌み嫌い、あわよくば 壊滅させ、魔族が全世界を支配する日が来れば良いと本気で思っていた。

だから、次兄が人間と魔族の混血だと分かった途端、これまで慕ってきた態度を 一変させたのだ。
人間の血が入っている者など身内ではないと、足蹴にする ように扱った。それが正しい事であり、高尚な心がけなのだと微塵も疑わぬまま、 80歳を過ぎるまですごした。

が、その頑なな思い込みにひびが入る日がやってきた。ユーリの登場だ。

固定観念が毛頭無いユーリは、種族が違うというだけでいがみ合うあの世界の仕組みに 、真っ向から疑問を投げかけた。勿論、それまでそういう思想が全然無かったわけ ではないし、種族を超えて結ばれる恋人同士もあった。ヴォルフラムの母親だってその一例 だ。

が、種族分断が思想の主流になっていた当時は、そういう考えを持つ 者たちは容赦なく迫害される運命にあった。ツェツィーリエが(一応)問題無くコンラートを 出産出来たのは、彼女の地位と権力があってこその、いわば例外だ。

そんな混沌とした世界に突如現れたのだ。ユーリは。

タンジェントにこんな一文があった。



世界平和への 一番手っ取り早い方法は、混血を増やすことなのではないだろうか。
どちらの種族とも つかない人々が増えていったら、一方の種族の側に肩入れしてもう一方の種族 と争う道を選ぶ、というやり方をとることが、段々馬鹿馬鹿しく思えてくるだろうから



もしこれを昔の自分が読んでいたら、何を愚かな事を、と鼻で笑う か、もしくは激怒するかのどちらかだっただろうが、今は、そう言われてみれば そうかもしれない、と思っている。そんな自分に苦笑しそうになる。

「フォンビーレフェルト卿、食事来てるよ。食べないの?」

村田にそう声をかけられ、我にかえる。 気付くと、自分の目の前には機内食が並べられていた。
隣の村田は既に食べ始めて いる。

それ程空腹は感じていなかったが、それでも食べられる時に食べておいた 方がいい、という軍属の教えに従って、ヴォルフラムはフォークを手に取った。

とにかく、食事に困る事が無いのは有難い。











<次へ>









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送