4つの流動的要素   −7人−







1.





「あのーぉ、じっくりお楽しみのところ申し訳ないんだけどー」

その声に、ユーリとヴォルフラムは慌てて密着させていた身体を離した。

気がつけば、建物の影から村田が顔を覗かせている。

「村田っ!お前、いつからそこにっ」

「えと、『お前って奴は!』あたりからかな。なんだかもー出て行くタイミングが掴め なくってさあ」

そう言って頭を掻く村田に、ユーリは渋い顔を向けながら言う。

「それはどーでもいいけどお前、どういうつもりなんだよ!こいつをほっぽっといて危 ない目に遭わせて……俺があとちょっと遅れてたら、撃たれてたかもしれないんだぞ」

「悪かったよ渋谷。あとフォンビーレフェルト卿も。まさか残党が御丁寧に訪問して くるとは思わなくて。
怒号が聞こえたから、ヤバイって思って駆けつけようとした んだけど、そしたらスモーク弾の煙が見えてさ。いや、ほんとに申し訳 ない。僕の不徳の致すところです」

素直に頭を下げる村田の横で、ユーリは何処から出したのか、紐のようなものでさっきの 若い男を後ろ手に縛り上げている。因みにまだ気絶中だ。

「ま、幸い何事もなかったから良かったけど……」

「ユーリ、この男は何だ?さっき僕に向かって『例の五人のうちの一人か』とか 何とか言ったんだが」

「……それについては、追い追い説明するよ」

そう言ってユーリは縛り上げた男を地面に転がした。

「後は警察に任そう。俺たちはもう此処に戻らないと思うし、連絡しときゃすぐ拾って ってくれるだろ」

「偽装車で移動したの?いつ?」

と村田。

「ほんの数時間前だよ。 俺だけちょっとすることがあって、単独でこの近辺に残ってたんだけどね。 でもそろそろ迎えが来ると思うから……とりあえず、この敷地から出よう」

ユーリはきびきびと二人を先導していく。








ユーリの言葉は正しかった。

敷地の外の道には、既に大型のバンが一台横付けされていた。
車体は白で、コンピューター 機器メーカーの名前が太く書かれている。窓は運転席にしかなく、ガラスには目隠しの フィルムが貼られていた。

村田が言う。

「お、車体塗り直したね?」

「うん。割と最近ね」

そう答えながら 車に近づいていくユーリ。

「さっ、おいでヴォルフ。みんなに紹介するからさ」

「……みんな?」

助手席側のドアを開ける。そこから一足先に車内に入り、ヴォルフラムを 手招きする。

ユーリはここで言葉を英語に切り替えた。

「おーいみんなー、連れて 来たぞー」

ユーリ、ヴォルフラム、村田の順で中に入っていく。そして、 ヴォルフラムが中に入った時点で、突如、
おおーっという声が上がった。

「なんて綺麗なの!やだーあっちの魔族が美人揃いって本当だったのね!」

「ほんと、宗教画から抜け出たみたいだな。アヴェ・マリアが聴こえてきそうだ」

「いいわねーぇ、ユーリ。こんな素敵な旦那様がいて」

ヴォルフラムを口々に褒めそやす声が飛び交う。当人は呆気に取られている。

意外と広い偽装車の中には、四人の若い男女がいた。

ブロンドの髪をした白人の男性。
黒い髪を短く刈った黒人の男性。
色白で赤毛の女性。
黒目黒髪で東洋系の顔立ちをした女性。

服装はまちまちだったが、皆、Tシャツにカーゴパンツだったり、ユーリが着ているのと 同形のつなぎだったりと、活動的ななりをしている。

そんな彼らを様々な機材が取り囲んでいた。運転席の後ろは、大人が二人ばかり 並んで向かえそうなデスク型になっており、その上には、ヴォルフラムから見れば用途 不明なあらゆる機械が乗っている。
それでも狭く感じないのだから、空間利用が 上手いとしか言いようがない。

困惑気味のヴォルフラムに、ユーリが苦笑いしながら言う。

「ヴォルフ、ここにいる人たちはね、全員、地球産魔族だよ」

「えっ!?」

ヴォルフラムは眼を丸くした。

「それじゃまず、一人ずつ自己紹介といきますか……はい、時計回りに!」

それを受けて、「Yes, sir」とおどけた調子で片手を挙げたブロンドの男から 自己紹介を始める。

「はじめまして。俺はジャスティン・クーパー。オーストラリア出身の 28歳だ。どうぞ宜しく」

ジャスティン・クーパーと名乗った青年は、短いブロンドの髪に青い眼、何処か ヴォルフラムの次兄と似たムードをまとっている。
長身でガタイも良く、まさにユーリが羨ましがりそうな風貌だ。喋っている様子も 座っているだけの格好も何処か洗練されていて隙がなく、明らかに「できる」と 思わせられるものがあった。

次はその隣に座った赤毛の女性だ。

「ポーラよ。ポーラ・ジェンティレスキ。イタリア系アメリカ人です。歳は27。 宜しくね、ヴォルフラム」

にこやかにそう言いながら少し小首を傾げた拍子に、赤毛のボブカットがさらりと揺れた。
ポーラ・ジェンティレスキはすらりと長身で、ファッションモデルのように バランスの取れたプロポーションをしていた。目は薄茶で、美人と評して差し支えない 目鼻立ちをしている。

見事な赤毛は恐らく自前の色だろう。アニシナの燃えるような赤毛に比べると茶味が 強い。綺麗な肌の色と相まって、彼女の容姿を引き立てるアクセサリーになっている かのようだ。

今度は黒人の男性だ。

「パスカル・デュブック、28歳。アルジェリア系フランス人だ。宜しく」

あまり表情を変えずに、しっかりした声音でそう自己紹介したパスカル・デュ ブックは大柄な青年だ。
一見とっつきにくそうではあるが、黒い瞳は穏やかで、心根は優しいのだろうなと 思わせられるようなものを持っている人物だ。

さて、最後は双黒(ヴォルフラムに言わせれば)の女性だ。

「フェイス・リーよ。中国系アメリカ国籍で、歳はユーリと同じ26歳です」

フェイス・リーは、この四人の中で最も小柄な女性だった。黒々とした綺麗な 髪をきっちり一つに縛っているため頭が小さく見え、余計に小柄な体型が際立って 見える。顔のパーツも皆小作りで、見るからに賢そうだ。 とりあえずヴォルフラムには、この四人の中では彼女が一番の美人に見える。

「さーて、この四人が済んだところで、最後の一名を紹介したいんだけど……」

「最後の一名?」

ヴォルフラムは怪訝な顔をした。はて、もう自分に 向かって名乗りをあげていない者はいないはずなのだが。

そんな彼を見て、くすくす笑うポーラ。やがて、笑い顔のジャスティンがやや大きめの 声を上げた。

「それにしても、今までよく口挟まずに黙ってられたな?いつもは”talkative(お喋り)” をセカンドネームにしてやりたいくらいよく喋ってるのに」

すると、

「嫌だなーぁ、みんな。ヒーローの登場は最後の最後まで粘ってからよう やく、ってのがセオリーじゃないかーぁ」

何処からか、こんな声が聞こえてきた。少年とも少女とも取れそうな、中性的な声色で ある。

その声の出所が分からず、ヴォルフラムはきょろきょろと偽装車の中を 見渡す。その様子に、周りの面々は一層笑みを深くする。

やがてユーリがヴォルフラムの腕を引っ張る。

「ヴォルフ、ちょっとこっち来て」

そのままヴォルフラムを奥に連れて行く。

「ヴォルフ、そのモニターの前に立って。で、そこにある丸いの、そう、それを 見て」

デスクの上のあらゆる機材に混じって、デスクトップ型のPCが乗って いた。モニターには何も写っておらず、黒いままだ。その上にカメラと思しき小さな丸 いレンズが埋め込まれている。ヴォルフラムは言われたとおり、その部分を凝視した。

すると、両脇についていたスピーカーからまた声が聞こえた。

「うわーぁ、綺麗な人だなあ!僕、こんな綺麗な人始めて見たよ!ユーリ、 君も隅におけないねー」

ヴォルフラムはぎょっとして、一歩後退る。 それを見て周囲が声を立てて笑った。

フェイスが説明する。

「ヴォルフラム、今、ふざけた調子で喋ってるのはね、そのPCにプログラムされて いるAIなのよ」

「えーあい……」

頭の中で素早く情報が引き出される。

『Artificial Intelligence』。人工知能。
推論、判断などの知的な機能を人工的に 実現したもの。多くの場合、コンピューターが用いられる。知識を蓄積するデータベース 部、集めた知識から結論を引き出す推論部が不可欠。データベースを自動的に構築したり 、誤った知識を訂正したりする学習機能を持つものもある―――。

「はじめまして、ヴォルフラム。僕、AIのウォルトンといいます。イギリス の高名な作曲家の名前から貰ったんだよー宜しくね!」

自ら「ウォルトン」と名乗ったAIは、音声だけでヴォルフラムに挨拶をした。彼が 「喋る」のに合わせて、モニターの左端についた緑色の小さなランプがピコピコ点滅する。

一方ヴォルフラムは、いくらヒトに限りなく近い音声で上機嫌な口調で話しかけられているとはいって も、相手が機械であることに戸惑いを隠せない。何も写っていないモニターに向かって、

「あぁ……」

と曖昧な返事をしただけである。

「……ま、驚くのも無理はないな。こんなもの初めて見るんだろうし」

とパスカル。ポーラも言う。

「でも、イニシャルが同じW同士、仲良くしてや って頂戴よ。この子、お喋りが生きがいなんだから。これでも私たちの仲間のうちの 一人だしね」

「そうそう。……というわけで」

ユーリが笑顔で告げた。



「ようこそヴォルフ。チーム『五大陸』へ」









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