4つの流動的要素   −7人−







4.





ユーリは着ているつなぎのボタンを片手で外しつつ、偽装車の中に足を進め、ヴォルフ ラムたちの輪に入って行く。

「”我々にチームプレーなどという都合のいい言い訳は存在しない。必要なのは、 スタンドプレーの結果として生じるチームワークだけだ”……ってね。まあ、『攻殻機動 隊』の台詞のパクリだけど」

ヴォルフラムの頭の中では、押井守、士郎政宗という名前がヒットした。

「でも一応、これが『五大陸』の任務の基本スタンスなんだよ。とはいえ、 それはあくまでも理想だから、一応、非常時や臨機応変に対応しなきゃいけない場面の 時のために、一人指揮官クラスのポジションを決めてあるのね。それが、恐れ多くも 俺なんだ」

ヴォルフラムは驚きつつ、仮にも「部隊」と称している組織がそんな形態を取ってい る話など聞いたことがなかったから、ややいぶかしんだ。

「私たち、ユーリのことを最初は親しみを込めて”Your Majesty”(陛下)っ て呼ぼうとしてたのよ。異世界の魔王様だってことも知ってし、『五大陸』のリーダー格 なんだもの。でも本人が凄く嫌がるからナシになったけど」

「ったりめーだろ、此処は眞魔国じゃねーのに、なんでそんな呼び方されなきゃいけね ーのよ」

そう言いながら、ヴォルフラムの隣にどしんと座るユーリ。そんな飾り気のない態度 が地球でも変わりないということを目の当りにし、ヴォルフラムはつい 笑みをこぼしてしまう。

だが、まだ気になることがあった。

「とりあえず、この『五大陸』が何の集団なのかは分かった。だが……魔族を食い物に した犯罪って、具体的にはどういう……」

そこまで言ったところで、突如偽装車の中にプルルルルル、という電子音が響いた。

その音に、皆が一斉にデスクトップPCの方を見たので、ヴォルフラムも釣られて見る。

すると、さっきまで何も写っていなかったPCのディスプレイがパッと明るく なりに、次々とウィンドウが表示される。

ウォルトンの声が響いた。

「動きがあったみたいだよ!連中、偽の情報に喰いついてアッサリ取引場所を決めて くれた!」

「おお。で、何処で何時だって?」

「『エディントン』ていうバーで21時。でも分かったのはそんだけ」

ウォルトンの返答に一同が、うーん、と唸る。ヴォルフラムだけが目をぱちくりさせて いる。

「連中の顔写真が分かるものはないんだな?」

「うん。そういう記録は一切 残してないから、頼れるのは……」

「ポーラの記憶のみ、ってか」

「もっとも、私の現役時代と顔が変わってなければの話だけどね」

「人数も分からないの?」

「うん、残念ながら」

そしてまた一同が、うーん、と唸った。やがて、ユーリが口を開く。

「それなら、顔が変わっていない可能性に賭けるしかないな」

「というと?」

「作戦 『歌姫(ディーヴァ)』でいく」

「なるほどね」

「ポーラ、問題ないな?」

一同の視線がポーラに集まる。それを受け、赤毛の美人は力強い笑みを浮かべた。

「任せて頂戴」









バー『エディントン』は、幾つものオフィスビルや雑居ビルが立ち並ぶ街中に店を構え ている。

デューク・エディントンにちなんだ名前なだけあって、この店は音楽の 生演奏や歌手の出演を売りにしており、ささやかながらステージも設けてあるのである。

それが受けてか、仕事帰りのビジネスマンやキャリアウーマンには盛んに利用 されており、結構繁盛しているようだ。

……で、その『エディントン』の店の下、地下一階。時刻はまもなく20時15分。

此処には、そっけない造りではあるが、一応『エディントン』に出演するミュージシャン やシンガーのための楽屋が設けられている。そのうちの一室に、「五大陸」のメンバー が一堂に会していた。

全員、仕事帰りの社会人みたいな格好をしている。

ヴォルフラムを含め、男性人は皆 スーツ姿だがそれをちょっと着崩したような感じだ。フェイスは白いアメスリのカット ソーに、折り目のくっきりした黒いスラックス、そしてかっちりした黒いパンプスを 履いている。長い髪はきっちりとシニヨンに結われているので、何処から 見てもやり手のキャリアウーマンだ。

ヴォルフラムは首もとのネクタイが気になるらしく、盛んに右手でいじってはユーリに 注意されている。
そのたびにいったん手を離すのだが、何か考えごとが浮かぶたびに、 またいじり始めてしまう。

このバーにやって来たのも、皆で着替えたのも、作戦 『歌姫(ディーヴァ)』と皆が 呼ぶ任務の一貫らしい……ということまでは分かった。だが、実際のところ、まだ ヴォルフラムは何も詳しいことは聞かされていない。何だかんだ言ってもバタバタしていた し、その中で質問を浴びせまくるのも気が引けた。

とりあえず今分かっているのは、これから此処で誰かが行う「取引」を阻止すること。 そのために自分たちはこうして、潜入捜査のようなものを行うべく、準備しているのだ ということ。これくらいだ。

彼らから少し離れた、ドアと対角にある部屋隅に、カーテンで仕切られた一角が ある。デパートの試着スペースのような場所なのだが、やがてそのカーテン がシャーッと引かれ、中からポーラが姿を現した。

一同が、おぉ、と声をあげる。

「歌姫ポーラの一丁上がりだな」

出てきたポーラはシャンパンゴールドのキラキラしたノースリーブのトップスに、 マーメイドラインの白いサテンのスカート、足元はトップスと同じ色のピンヒールの サンダルという出で立ちだった。

髪は下ろしたままだが、ブローしたらしくふんわりと形がつき、綺麗に化粧もしている。

「どーお?こういう色だとボケちゃって、ステージ映えしないかもしれないけど」

そう言いながらその場で一回転してみせる。

「いや、大丈夫じゃん?トップスは光ってるし、それより下にはあんまり客の目がいか ないだろうしさ」

「そうそう。それに何と言ってもポーラには百万ドルの歌声があるんだから。なあ?」

他のメンバーも、うんうんと頷いた。パスカルがヴォルフラムに向かって言う。

「ポーラは高校生の時、『アメリカンアイドル』っていう歌手の発掘番組の一次予選を 突破して、ハリウッドに行ったことがあるんだぜ」

「歌手を目指してたのか?」

「まあ、子どもだったからね、あの頃は」

ヴォルフラムの率直な問いにポーラは苦笑いした。

「私程度の歌唱力を持ってる子なんて、掃いて捨てるほどいるのよ。だから私も 『アメリカンアイドル』じゃハリウッド止まりで、そこから先には進めなかったんだ もの。ま、今はこれが捜査の役に立ってるし、そのたんびにステージに上がれるんだか ら、別にいいんだけどね」

「そろそろ時間だぞ」

ジャスティンがそう言ったのを機に、皆の表情が一斉に引き締まる。

「よし、じゃあ最終確認だ。ユーリ、店内での俺たちの配置は?」

「三手に分かれよう。俺とヴォルフ、フェイスとパスカル、ジャスティンは悪いけど 単独。皆、なるべくホール全体を見渡せる位置につくこと。ポーラがGOサインを 出したのを見たら作戦開始だ。ただし、店内での戦闘は避けたい。万が一に備え て、銃はすぐ出せるようにしておくのは勿論だが、他の客を巻き込んでドンパチ しなくて済むよう努力しよう。いいな」

「了解」

皆がそう声を合わせ る中、ヴォルフラムだけは顔を強張らせた。戦闘?ドンパチ?これからそんな危険なこ とをするのか?捜査じゃないのか?

疑問を口にするまもなく、ユーリがヴォルフラムに向かって言う。

「ヴォルフは現場の見学に徹してくれ。なるべく俺に引っ付いてろ。単独では行動する なよ」

「分かった」

強い口調に思わず即答。

「みんな、襟にマイク仕込んだな?」

「ああ」

「よし、じゃあいつものやろう。ヴォルフ、ほら、手」

ユーリの左手がヴォルフラムの右手を取った。他の皆も隣の者の手を取ってゆき、 全員、その場で手を繋いで輪になった。

その状態で皆が目を瞑ると、ジャスティンが言う。

「それでは、作戦の成功を祈って。神のご加護がありますように。アーメン」

それに続いて皆、「アーメン」と声を揃えた。

きょとんとしているヴォルフラムに向かって、ユーリは苦笑いした。

「俺以外、全員カトリックでさ」











<次へ>









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送