4つの流動的要素   −7人−







6.





「あの歌い手、始めて見るな」

「ええ。新入りですかね」

「美人だな」

「ああ。それに声もいい」

ステージに向かって 左側、四人がけのテーブルに座っている男たちが、ステージで歌う赤毛の美人を見て そう言い合った。四人とも年齢はまちまち。二十代半ばくらいの若い奴もいれば、四十代 くらいの奴もいる。

ビジネスマンのような風貌をした彼らは、ステージから視線を 外すと、すぐ自分たちの会話に戻った。

「で、今回は間違いないんだろうな」

「大丈夫です。ちゃんとその場でコピー してから持ってこさせたんですから」

「ま、お陰で仲間を一人失ったらしいがな」

「それはどうしようもなかったんです!」

かっとなりそうな若い男を、四十代くらいの男が宥める。

「そのことはいい。とにかく、俺たちはブツさえ渡せばそれで仕事は済むんだ」

「そういうこった。さ、はやいとこ渡して貰おうか」

「ちょっとまて。本当に六万ドル払ってくれるんだろうな」

「何度も言わすな。 こっちだってプロだ。仕事に見合った報酬はきちんと払うさ。ホラ、はやく寄越しな」

眉間の皺を深くした四十代の男は、面白くなさそうな表情で手元のブリーフケースを あけ、そこから一枚のCD-ROMを取り出した。それをテーブルの上に置いた時、である。

スーッとそのテーブルの横を歩いていった人物がいた。そして 通り過ぎざまに、至って自然な動作で、何か小さなカードのようなものをテーブルの端 に置いていったのである。

一瞬、四人の男たちが、何だ?という顔になる。そして、その置いていったものを、近い 者が手に取って見ると、本格的に表情が強張った。

縦5センチ、横7センチ程のその白いカードには、薄い灰色で世界地図の略図ようなも のが背景画として描かれており、更に中央にはゴシック体でこう書かれてあった。



  『Five continents』



他の三人もそれを覗き込み、青ざめた表情になる。さっきの人物(男か女かも分からな かったが)が消えていった方向を見ても、それらしい人影はない。一般客で賑わってい るだけだ。

「何だって……」

「連中、どうやって此処を……」

「おい、落ち着け」

今にも立ち上がりそうなほかの面々を、四十代の男がいさめた。

「まだ分からんだろう。悪戯の可能性もある。大体、本物だったとしても、 こんな大勢の客がいる中であいつらが派手に動けるはずがないだろうが。あの偽善者 集団、民間人への被害ゼロをポリシーにしてやがるんだから」

「そ、それもそうだな」

「とにかく、店の中にいればとりあえずのところ は大丈夫なんだ。そのためにわざわざ此処に……」

小声でそうまくし立てた、その直後である。


ビキッ


すぐ近くで硬いものが粉砕するような音。一瞬遅れて、彼らのテーブルに振動がくる。

自分らのスーツの袖にパラパラとプラスチック片が降りかかってもなお、男たちは何が 起きたのか分からず、唖然としていた。

が、やがて一人が呟いた。

「ROMが……」

それに釣られて他の三人もテーブルの上を見、そして絶句する。

先ほど置いたCD-ROMのケースがばらばらに粉砕していたのである。勿論、中身 のディスクも同じだ。
唐突に起こったこの事態に対し、誰かが二の句を継ぐより先に、

「Do you have a trouble ? May I help you ? (お困りですか?お手伝いしましょうか)」

という言葉とともに、またテーブルにすーっと近づいてきた人影があった。 しかし、今度は一人ではない。

ジャスティン、フェイス、そしてユーリが、人好きのしそうな笑みを浮かべつつ、四人の 男たちのもとに並んで立ったのである。悠然とした眼差しで見下ろされた 男たちは、一瞬唖然とした面持ちであったが、みるみるうちに全員の顔に怒りが浮かぶ。

それをやんわりと無視して、フェイスが告げる。

「此処ではゆっくりとお話も出来ませんから、どうぞお店の外までいらして下さいな」

その言葉を境に、両サイド間に冷ややかな沈黙が2,3秒流れた。が、 やがて一番年長の男がのろのろと腰を浮かせたのを合図に、四人全員が立ち上がった。 テーブルの上でばらばらになったCD-ROMなどには、もう誰も注意を払ってはいない。

彼らを囲うように、前方にジャスティンとユーリ、後方にフェイスがつき、 そのまま早すぎず遅すぎずの足取りで、ホールの出口を目指して歩いていく。

全員、顔つきこそ平静なものであったが、彼らの周囲の空気は、ちょっと触れれば切 れそうな程に緊迫していた。






「……ユーリ?」

少し離れた先に、ぞろぞろと移動していく一団が あったので、ふと注意を惹かれた。その中にユーリの姿を見つけると、ヴォルフラム は怪訝な顔をした。ユーリだけではない、ジャスティンとフェイスもいる。パスカル の姿は見えない。何処へ行ったのだろう。

見知らぬ四人の男たちも一緒にいたが、ヴォルフラムはそれを一瞥した だけで、何となくピンとくるものがあった。軍人の勘というべきか、穏やかでない、 ただならぬものを感じたのである。

ステージではポーラが二曲目を歌い終わろうとしているところだ。ホール内は すっかり歌姫のパフォーマンスの色に染まっており、ユーリたちに注意を払う者など 誰もいない。

どうしようか。ヴォルフラムは少し迷った。
此処でじっとしていろとユーリに 言われ、そのとおりにしていたのだけれど、一人になった途端に次から次と自分に 声をかけてくる者が(女だけではない、男もいた)現れ始めた。適当にあしらうなり 無視するなりしていたいたが、そろそろうんざりしていたのである。

少しユーリたちの様子を見に行ってみようか。

ヴォルフラムは席から離れた。 丁度その時、これで何人目になるか分からない女性がヴォルフラムに声をかけ損ね、 舌打ちしたところだった。

客のあいだを縫うように進み、ユーリたちが向かっていった出口方面を目指す。
既に彼の視界には、ユーリたちは写っていない。もう出てしまったのか、それとも 客に紛れて見えなくなってしまったのか、それもよく分からなかった。眞魔国では 不特定多数の人に紛れて行動することなど稀だったから、何だかはたから見れば挙動 不審と取られても仕方のない振る舞いになってしまっているような気がしたが、 そんなこと構っていられない。

出口に辿り着き、外に出た、と思ったその時である。

少し離れたところから、人の呻き声、短い怒声、それに混じって何かがぶつかり合う ような物音が聞こえてきた。

え、まさか、と思い、ヴォルフラムは急いで音のした方に向かって走った。
そして、店の入り口から一歩外れた路地のような場所で、ぎょっとして足を止める こととなる。

見事な弧を描いたフェイスの右足が、男の手から銃をなぎ払ったところだった。
その銃はそのままヒューッと宙を舞い、重力に従ってそのまま地面に着地、かと思われ たがその通過途上にいきなりヴォルフラムが現れたため、何と銃は彼の手の中に すぽんと収まってしまった……のだ。

「ヴォルフっ……!」

フェイスが顔を引きつらせながら叫びかけたが、 そこで声はいったん中断された

ユーリが自分の目の前にいた若い男を凄まじい速さで地面に叩き伏せ、そのまま 関節を決める。
ジャスティンが一人を拳の一撃で気絶させ、更にもう一人を豪快に蹴り飛ばす。
フェイスは大柄な男が相手ながら、左足を鳩尾にめり込ませ、更にもう一撃回し蹴りを お見舞いした。

これらを目の前でほぼ同時に展開されたのだから、ヴォル フラムは唖然としてその場に突っ立ったままでいた。いま自分の手元にあるものの 存在も一瞬忘れそうになった……のだが、焦燥を押し殺したようなユーリの声で、彼は 現実に引き戻された。

「ヴォルフっ……それを、ゆっくり、何処もいじらないように、足元に、置けっ…… いいか、ゆっくりだぞ」

ハタと我に返ったヴォルフラムは、言われたとおり、自分の手元にある黒光りした ずっしり重いものを、何処もいじらないようにゆっくりと地面に置いた。そして そのまま一歩後退った。

それを見守ったユーリ、フェイス、ジャスティンから 安堵の溜息が吐き出される。

「ああごめんね、ヴォルフラム!危ない目に合わせちゃって……」

フェイスが 心底申し訳なさそうに謝り、ヴォルフラムの置いた銃を拾い上げ、安全装置をかける。

「いや、フェイスは悪くないよ。……おいヴォルフ、俺、じっとしてろって言ったよ な」

ユーリが険しい顔を作る。途端に、ユーリの纏っている空気が「怖く」 なる。
この感じには嫌というほど覚えがあった。魔王としての立場で怒りをあらわに する時と同じなのだ。例の「上様」の時と。

「……申し訳ありませんでした、陛下」

ヴォルフラムは項垂れた。この 「怖さ」に気圧されると、自然と敬語と敬称が出るのは、ユーリの現役時代と変わって いない。

だが、その謝罪を境に、ふっとユーリが表情を緩めた。フェイスとジャスティンも 笑いを堪えているような表情になる。

「……ま、別にいいや。俺の監督責任ってことだもんな」

のびた男たちが足元に転がっているという物騒な風景ではあったが、その場の雰囲気 は気安いものになった。











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