4つの流動的要素   −7人−







7.





ユーリとジャスティンがぐったりと倒れ込んだ四人の男たちを紐で縛り上げている 間、フェイスが携帯端末で何処かに連絡を取っていた。この男たちを引取りに来て くれ、という内容である。相手は恐らく勝利のシンパだろうと、ヴォルフラムは 推測した。

その電話が切れるか切れないかというところで、店の方から パスカルが姿を現した。

「ご苦労さん。上手くいったみたいだな」

そう言って片手を上げるパスカルに、フェイスが携帯端末を折り畳みながら返した。

「ええ、何とかね。あなたの方もいつもながら見事だったわ。お店の中、 今はどう?」

「至って普通だ。全然ばれてない。一応これは回収しといた」

そう言って、パスカルは右手に持っていたものを皆に見せた。
さっき、男たちのテーブルの上で粉々になったCD-ROMだった。大きな破片は全て 集めてきたらしい。

いくばもたたないうちに、黒服の男たちが車で現れた。五大陸のメンバーと二、三 言葉を交わすと、あっという間に縛り上げられた連中を車に乗せ、走り去った。

それを見ているうち、ヴォルフラムの中ではまた疑問がむくむくと頭をもたげてき た。結局、この任務とやらは何だったのか。

それを察したのか、車が去ったのを見計らってからユーリが口を開いた。

「無事に終わったから、説明するよ。今日の作戦は、あの連中がこのCD-Rを取引 するのを阻止することだったんだよ」

CD-Rというのがどういうものかは、ヴォルフラムの脳味噌データベースに入っている。 ユーリも解説する必要はなかろうと判断したらしく、そのまま話を続けた。

「このROMは勝利のオフィスから盗まれたものなんだ。……いや、正確には 勝利のオフィスに侵入した賊が、データベースの一部をその場でこのROMにコピって 逃走した、っていうのが事の顛末なんだけど」

「そのデータの一部というのは?」

フェイスが答える。

「地球産魔族の名簿よ。名前、国籍、人種、性別、家族構成、現住所、履歴などなどなど、 この地球に住む魔族たちの個人情報を、びっしり集めたデータなの。地球の魔王 である勝利にとっては、自分の配下を掌握するためには必要なものなのよ。だから 勝利が自分の手元で管理してたの」

「それをコピーされて持ってかれた、ってだけでも充分大変なんだよ。 個人情報の流出だからね。……でも、それだけじゃ済まなそうな事態 にまでなりそうでさ」

そう言うジャスティンに向かって、ユーリがそれ以上言うなという表情で視線を送った。

「……それって、どういう?」

一応訊ねたヴォルフラムに、

「それに関しては後でゆっくり説明するよ」

とやんわり返すユーリ。

「とにかく俺たちに、このROMを回収、または抹消せよとの命令が下された。勝利のリサーチに よれば、侵入した賊はこのROMを自分らで使うためではなく、高額な金と引き換えに 別の組織と取引するためにコピっていった、ってことらしかった。だから、その取引 の現場に来れば、ROMの回収と同時に悪人どもも参考人として押さえられるだろうっ てことで、今日、この店でこういった作戦を展開したわけ」

「まずはウォルトンがネットワーク内を奔走して、取引場所を突き止めた。それが この店の中だって分かったまでは良かったんだけど……さてどうやって阻止するか、 ってところで色々と策を講じなきゃならなくなってさ」

「……というと?」

「まず、取引する面子の顔が割れてない。連中もプロで、自分たちの顔の映像や モンタージュは一切残してないんだ。これじゃ俺たちが店に来ても、誰が対象か 分からないなんだから押さえようがないし、下手に動けば警戒されて、取引そのもの が見送られる可能性もあった。まずここでつまずいたんだけど……」

「有難いことに、その連中のなかに、ポーラが現役の刑事時代に、別件で追ったことが ある容疑者がいるらしいことが分かったのね。ポーラは今でもはっきり顔を覚えている、 向こうが顔さえ変えていなければ、見ればすぐに分かる、って言ったのよ」

「そういうわけで、『作戦ディーヴァ』をやることになった。幸いにもこの店は ステージパフォーマンスを売りにしてる。ポーラが今日、歌手になってステージに立った のは、ステージから店の中を見渡して、対象を探すためだったんだよ」

「そういうことだったのか!?」

「そうよ。それなら堂々と店中を見渡せるからね。百万ドルの歌声で客を虜にしつつ、 目は厳しく動かして対象を探し、そして客のふりして控えていた私たちに、ステージの 上から対象の居場所と人数を教えてたのよ」

「教えてたって、どうやって?」

ヴォルフラムが訊ねると、フェイスはくすっと笑って言った。

「振り付けよ」

「振り付け?」

そうよ、と頷き、フェイスはさっきポーラがステージの上で披露していた振り付けを、 いくつか再現してみせた。

「腕をこうやって上で一回回してから、こっちの方向に向かって下ろすのは、この 方向に対象がいる、って意味。両手を胸の前で何度か交差させるのは、この回数が 対象の座ってるテーブル番号を示してたの。 右手の指を四本立てて顔の横で止めるのは、対象が全部で四人いるっていう意味よ」

「…………」

ヴォルフラムは絶句してしまった。

信じられない。あのパフォーマンスにそんな意味があったとは。自分はそんなことには まるで気づかず、素直にポーラの歌の上手さに感心していた。だがその間にも、 ポーラやユーリたちは、気を引き締めて作戦に取り組んでいたのである。何だか 眩暈がしてきた。

ジャスティンが言う。

「まだ続きがあるぜ。ポーラから対象の居場所と人数を教えてもらった俺たちは、 すぐさまそのテーブルに向かった。けど、その時既にROMは相手の手に落ちようとして たんだよ。取引が済んじまって帰る体勢に入られると、事が面倒になる。 で、急いで俺がそのテーブルに近づいて、このカードを置いた」

そう言ってポケットから取り出したのは、名刺くらいのサイズの白いカードである。 薄いグレーの世界地図を背景に、『Five continents』という文字がゴシック体で書かれて いる。

「これを見て、連中、動揺して一瞬手を止めてくれたんだ。そこでパスカルの出番」

パスカルが苦笑しながら、片手を懐に突っ込んだ。そして取り出したのは一丁の 拳銃。SIG P226だ。

「俺はポーラの歌が始まってすぐ、上の立ち見ギャラリーに上がってそこから見張っ てた。で、ジャスティンがそのカードを置いたのを合図に、連中がテーブルの上に 置いたROMを目掛けて撃ったんだよ。これにスコープ付けてな」

拳銃の弾の飛距離などたかが知れたものだが、立ち見ギャラリーから斜め下の席に 向かって撃つだけなら、充分というわけである。大体、ライフルなど持ってきたら 目立って仕方ない。

「ROMは撃ち抜いて粉々にしちまえばもう使い物にならないからね。これで一応、任 務の片方は完了。で、後は悪人どもを慎重に店の外に誘導して、そこで ぶちのめしたってわけ」

「大した連中じゃなかったわね。護身の心得もまるでなってないんだもの。そのくせ、 こんな大層なオモチャ持ち歩いてる。始末に終えないわ」

さっきヴォルフラムの手元に落っこちた拳銃(コルトガバメントM1911)を 右手にぶらつかせ、呆れたように溜息をつくフェイス。

「ま、ともあれ、無事に任務は終了したんだ。パスカル、ポーラはまだ歌ってるのか?」

「ああ。まだレパートリーが尽きないらしいぜ」

「そいつはいいや。終わったんだし、俺たちも今夜は楽しませて貰おうじゃないの」

ユーリの一声に、メンバーは表情を明るくし、店へと足を向けた。









『――――それでは、ちょっと趣向を変え、エレガントなバラードをお送りしますね。 今夜、此処に集まった全ての恋人たちのために』

マイクを通してそう言ってから、ポーラ・ジェンティレスキは後ろのキーボード 奏者をかえりみた。

前奏が始まる。今回はシンプルなキーボードだけの伴奏だ。そのメロディを 聴き、パスカルが目を丸くした。

「これって……」

「"Can You Feel The Love Tonight" よ。エルトン・ジョンの!」

ホール内の真ん中辺りに陣取った「五大陸」のメンバーは驚きの表情を浮かべた。
ポーラはステージ上からメンバーの無事な姿を確認出来たらしい。が、ついと 視線をユーリとヴォルフラムに向けると、にこっと笑って意味ありげな目配せを寄 越す。

「ポーラの奴、気が利くなあ」

「ライオンキングからの選曲とはねえ、確かにぴったりだ」

そう言い合いながら、ジャスティン、フェイス、パスカルはにやにや笑って、ユーリと ヴォルフラムからついと離れた。

「じゃ、俺たちは適当に楽しんでるから、二人は二人で宜しくやってくれよ」

「この店、ゲイカップルも普通にくっついて踊ってるしねー」

「とりあえず陛下、明日の朝まで自由行動の許可を」

ユーリとヴォルフラムだけが、わけが分からずぽかんとしていたが、やがて我に返った ユーリが、

「ああ、うん、分かった。でも非常時に備えて、端末の電源はオンにしておくように」

というと、三人はまだにやにやしながら、「Yes, sir」といい、そそくさと 何処かに行ってしまった。

やがて、残されたユーリとヴォルフラムの耳に、ポーラの歌が聴こえ始める。



昼間の活気の陰に隠れていた 静けさがやってくる。

風が運んでくる熱気が消え去る頃には、魅力的な瞬間が僕のところに訪れるんだ。

戦い続ける勇者が、君と一緒にいてくれるんだよ。

君は今夜 愛を感じるかい?それこそが 僕たちのいる場所。

何かを求めて彷徨う者には それだけで十分なんだ

君は今夜、愛を感じるかい?休息のために、そこにある。

王と放浪者にとってはそれで十分じゃないか。それが一番じゃないか。信じるんだよ。




二人で突っ立ったまま歌を聴いているうち、ようやくみんながにやにやしていた 理由が分かってきた。
この歌詞――――年甲斐もなく、二人して顔を赤らめてし まう。



そんな時がみんなにあるんだよ。

もしわかっているならば、異次元の万華鏡が僕らをかわるがわる運んでゆくことを。

それが掟なんだよ。

野生に生きるものにとって、星を駆け巡る心が時空を乗り越えるんだよ。君と共に。

君は今夜愛を感じるかい?それこそが、僕たちのいる場所

何かを求めて彷徨う者には、それだけで十分なんだ。

君は今夜 愛を感じるかい?休息のために、そこにある。

王と放浪者にとっては、それで十分じゃないか。それが一番じゃないか。信じるんだよ。

王と放浪者にとっては、それで十分じゃないか。それが一番じゃないか。信じるんだよ。




どちらが先だったかは分からない。多分、当人たちにも分かっていない。
けれど、何処かばつの悪そうな表情でチラっとお互いの顔を見合った二人は、どちら からともなくホール出口を目指し始めた。

何かに急かされるように。ばつの悪そうな顔のまま、互いの指を絡めるように手を 握り合って。

ポーラの含み笑いが、マイクを通して小さく聞こえたような気がしたが―――― 多分気のせいだ。









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