8. とにかく、いきなりやってきてしまった衝動にひと段落着くまで、かなりの労力が 要った。 近場にモーテルがあったのは幸いだった。二人してそこの一室に飛び込んで、互い の服を引き千切らんばかりの勢いで脱がせ合い、そのまま事に雪崩れ込んで――――。 気付けば、エディントンを抜け出してから一時間半が経過していた。 「……あいつら、こうなることを見越して二人きりにしてくれたのかね」 熱い溜息と一緒に、ユーリはそう呟いた。 「なら有難いじゃないか。それにユーリ、僕といるときに他の男の話はやめろ」 行為の余韻か、顔を上気させたままのヴォルフラムが、自分の腕の中にある ユーリの頭を、ぎゅっと抱き直す。 「はいはい」 笑いながらそう言って、ヴォルフラムの顔を見上げるユーリ。 二人の視線が絡み、互いに微笑むと、そのまま吸い付くように唇が重なった。 二人が今いるベッドの周りには、二人分の服が散乱している。改めてそれを見渡せば、 先程の切羽詰りようが分かろうというものだ。 だが、それでも重要なものを慎重に体から外すことは忘れなかったらしい。 ベッド脇 のサイドテーブルには、ユーリが身に着けていた携帯端末、イヤホンと襟用マイク、 そしてホルスターに収まった拳銃・SIG P226が丁寧に置かれている。 その隣には備え付けの照明器具とデジタル時計があった。いま室内は、その照明のオ レンジ色の光に照らされているだけである。 髪を手で梳かれ、うっとりと目を細めていたユーリに、ヴォルフラムはふと言った。 「なあ、ユーリ」 「……ん?」 「訊いてもいいか」 「何?」 黒い髪を弄んでいた手を止め、少し間を置いてからヴォルフラムは 口を開く。 「どうしてお前は、ここまで出来るんだ」 「え?」 ヴォルフラムの顔を見上げるユーリ。黒い目と、グリーンの目が かち合った。 「向こうで退位したと思ったら、今度はこちらの世界でこんな 危険と隣り合わせの仕事を始める。いや、あのような仲間内の連携体勢、昨日今日 で出来上がるものじゃない。かなり前から準備はしていたんだろう?どうして そこまで出来る?何処へ行っても、どんな立場になっても、お前は他人のために体を 張ってばかりじゃないか。お前はそれでいいのか?それがお前の望む生き方なのか?」 ヴォルフラムの口調に、感情的なところはそれほどなかった。ただ自分が心から知り たいことを、真摯に相手にぶつけている。そんな感じだった。 ユーリは驚きも 戸惑いも顔には出さず、冷静に彼の言葉を聞いていたが、やがて少し微笑んで 答えた。 「望んでのことでなけりゃ、自ら進んでやったりはしないね」 ヴォルフラムは溜息をついた。 「やはりお前はそういう言い方をする……」 「何だよー。分かってんなら 訊くなよなー」 そう言って笑うユーリの髪に、ヴォルフラムは急に自分の 顔を押し付けた。 「……お前が残していったあの書置きを読んで、思ったんだ」 「……ヴォルフ?」 ユーリは首の角度を変え、ヴォルフラムの顔を覗き込もうとした。 ヴォルフラムはその格好のまま、呟くように言う。 「お前の退位が承認された時、僕は単純に、ユーリがこれからは国のものでなくなる ことを喜んでいた。国のものでなくなるということは、僕だけのものになるということ なんだと、ただそう思っていたんだ」 ユーリは黙って聞いていた。 「でもお前は、もう次の働き場所を用意していて、すぐにそこへ向かってしまった。 自分のことより他人のこと優先で、自分の楽しみは後回しで……」 二人の肌が触れ合っている場所が、改めて熱を持つのが分かった。 「お前のそういうところは凄く尊敬してるんだ。でも、それでもやっぱり……」 ここでヴォルフラムは顔の向きを変えた。また互いの目がかち合う。 「僕を置いていってしまうんだなと思って……ユーリのやろうとしていること、 考えていることの大きさの前じゃ、僕の存在は本当に小さいものなんだと……やっぱ りそう思ってしまうんだ」 「ヴォルフ……」 「いや、そんなのとっくに分かりきってたことなのに、僕は我がままだから……」 「…………」 ヴォルフラムは再び、ユーリの髪に顔を押し付ける。 ユーリは唇を噛み締めた。そして毛布の下でヴォルフラムの手を探り、ぎゅっと 握り締める。 「……我がままなのは俺の方だよ。ごめん。本当にごめん」 そして、相手の白い頬に自分の頬をすり寄せる。 「来てくれて、嬉しかった」 その言葉を境に、ヴォルフラムはすり寄せ 合っていた頬を離し、少し距離をおいてユーリの顔を見つめた。その視線を受け、 ユーリはにこりと微笑んでまた言う。 「嬉しかったよ」 ヴォルフラムの中に、じんわりと温かいものが広がっていく感触があった。そして、 ゆっくりと確かめるように互いの唇が重なる。 そのまま、二人ともしばらく動かなかった。 そして、だいぶ時間が経ったと思った 後(実際には十数秒だったかもしれないが)、ヴォルフラムはユーリの耳元で言った。 「こちらの世界でも、一緒にいたい」 「うん」 「……一緒にいたい」 「……俺だって」 互いの四肢を絡め合うように固く抱き合う。 「俺だって……いつでも 一緒にいたいよ」 ヴォルフラムの手はユーリの髪を梳き、ユーリの手は ヴォルフラムの髪を梳く。 「眞魔国を離れる時は……お前を『五大陸』の任務につき合わせるのは危険過ぎると 思ったんだ。確かにお前は軍人だけど、向こうとこっちじゃ状況が違い過ぎる。こっ ちでお前の身に危険が及ぶ可能性を考えたら、もう置いていくしかないと思ったんだ よ」 「ああ。それは分かってる」 もし逆の立場だったら、自分もそ うしているだろうとヴォルフラムは思った。それ以前に、自分はユーリの傍を離れよ うなどとは思い至らないかもしれないが。 「でもさ……いいよ、こっちにいて。いてくれよ、俺の傍に。あいつらも、お前に ちゃんと仕事をくれるって言ってる。仲間になって欲しいって言ってくれてるんだよ。 だからさ、ヴォルフ。これだけは約束してくれ」 ユーリはヴォルフラムから体を離すと、サイドテーブルに手を伸ばした。そして ホルスターの中からSIGを取り出し、ヴォルフラムに見せる。 「これは、こっちの世界でメジャーな武器なんだ。拳銃っていう。『五大陸』の メンバーは、銘柄こそ違うけど全員持ってる」 非常に殺傷能力の高い武器だと、ヴォルフラムの脳内はサーチした。 「ヴォルフ。もしまたこれを誰かに向けられることがあったら、いいか、絶対に抵抗 するな。相手に向かって両手を上げて様子を見るんだ。いいな?約束してくれ」 「分かった」 ヴォルフラムは真顔で頷いた。だが、同時にこう思ってもいた。 それの使い方を、僕には教えてくれないのだろうか、と。 だが、ユーリがSIGをホルスターに収め、またベッドに体を沈めると、思いを振り 払うようにその体に覆い被さる。 「おいおい……」 目を丸くし、そして苦笑いの顔になるユーリに、ヴォル フラムはにやりと笑いかけた。 「朝までは自由行動なんだろう?」 そう言って、片手でユーリの鎖骨、首、頬にかけて撫で上げる。 「二回戦ですか……ま、いっか」 ユーリもにやりと笑って、ヴォルフラムの 首に両腕を絡めた。 <次へ> |
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