4つの流動的要素   −二人のW−







1.





パスカルの運転で、偽装車が動き出す。乗り物に酔い易いヴォルフラムは 早々に酔い止めを飲まされた。

「まず私たちは周辺の張り込みから始めるわ。隙を見て、敵側の本拠地に侵入したい けど、すぐには出来ないかもしれない。こればっかりは状況を見るしかないわね」

動く偽装車の中でポーラもフェイスも堂々と着替え出すので(とは言っても せいぜいタンクトップ一枚になるくらいなのだが)、ヴォルフラムは目のやり場に 困った。五大陸の男性陣は慣れているらしく、目を逸らしただけで平然としていた。

その後、ヴォルフラムはひたすらこの偽装車の内部の仕組み、機器の簡単な 扱い方などを教わった。
勿論、PCを人並みに操作するまでには至らなかったが、 ウォルトンとコミュニケーションを取る上で最低限必要なことや、偽装車の中で快適 に過ごすための方法についてはきっちり叩き込まれた。

そうこうするうちに小一時間ほど経ち、偽装車が止まった。だがメンバーが乗ってい るスペースには窓が無いので、何処に止まったのかは分からない。

「着いたぞ」

パスカルの一声に、メンバーがおもむろに降りる支度を始めた。

男性陣は相変わらずのTシャツとカーゴパンツというラフは格好なのだが、ポーラ は体に密着する型の際どい黒いスーツ、フェイスは電力会社の作業員のようなつなぎ を身に着けている。

「ヴォルフもいったん降りて」

そう言われ、偽装車の後ろの開口部からメンバーらに混じって外へ出る。

ヴォルフラムには、此処が何処なのか判断は 出来ない。何だか随分と暗く、寒々しく、全体的に灰色っぽい場所だなと思いながら 周囲をぐるりと見回した。型はまちまちだが、車が何台も周りに停められている。

「此処は地下の駐車場だよ。とりあえず車は此処に停めておくことにする。ヴォルフ は基本的に車内でウォルトンと一緒にいて。食べるものは車内にストックしてあるか らね。トイレは車から出てあっちの突き当たりにあるからそこ使って。時々様子見に 来るからさ」

ジャスティンの言葉にヴォルフラムは了解の意を示したが、 それでも表情に若干の不安が滲む。それを汲み取ったのか、ユーリが柔らかく言った。

「分からないことがあったら、ウォルトンに訊くといいよ。車内のことでも、 こっちの街に関することでもさ。あいつと喋るのに疲れたら、寝ちゃってもいいし。 ただ……」

ユーリは此処で少し声を潜めた。

「もし、何か身の危険を感じるようなことがあったら、今朝言ったようにしてくれ。 下手に抵抗はするな。その後はウォルトンが何とかしてくれるから」

何とかしてくれる、というのがどういうことなのかよく分からなかったが、ヴォルフラム は神妙な面持ちで、

「分かった」

と頷いた。

その後、メンバーらは各々の荷物を抱え、

「じゃー行ってくるからね。ばいばいきーん」

すっかり定着してしまっているらしき挨拶を残し、出かけて行った。

さて、残されたヴォルフラムだが、偽装車の中に一人戻り、扉を閉めると 車内の灯りをつけ、おとなしく座った。だが何処となく落ち着かず、視線を宙に 彷徨わせていた。だが、

「Hey(ねえ)」

その声に、ヴォルフラムはチラとディスプレイに 目を向けた。返事はしない。此処でウォルトンは言葉を日本語に変えた。

「ねえってば」

ヴォルフラムはようやく言葉を返した。

「何だ」

自分も日本語を使った。

「ねー、何か話そうよー。君、それが目的で此処に残ったんでしょーぉ」

「それはそうなんだが……」

歯切れの悪い返事をする。というのも、勢いで 引き受けてしまったものの、まだヴォルフラムの中からは戸惑いが消えていないので ある。むしろウォルトンと二人きりにされたことで、余計居心地の悪さが増し たようにさえ思えた。

やはり相手が機械で、顔も見えない存在であるのが最大の問題なのだ。機械などと 呼んだらウォルトンはまた気を悪くするだろうが。

「ねー、黙ってないで喋ろうよー。僕、君の故郷の事で知りたいことが 色々あるんだよう」

緑色のランプのピコピコを目を細めて眺めながら、ヴォルフラムはある種の覚悟を 決めた。

「どんなことが知りたいんだ?」





   *      *      *   





「―――分からないのは、その王政というのが四千年以上ももってることなんだけど」

『眞魔国の国家運営の仕組みと王政について』というテーマで話を始めて 早一時間。ヴォルフラムはこのAIの賢さに気圧されまくっていた。

大学生程度の知能とフェイスは言っていたが、えらい謙遜もあったものである。 このAI、口の利き方は子供っぽいが、 言う内容が洗練されているし、話題への食いつき方や言葉尻の掴み方も俊敏 だ。そしてやたらマニアックな質問を浴びせてくる。

「要は、一部の限られた特権階級たちによる専制政治ってことでしょ? それって もしかしなくても権利の独占だよね。この体制に、不満や疑問がぶつけ られることは今までなかったわけ?」

「全然無かったというわけではないが……」

実際、昔も今も反王権派という のは存在する。

「それにさー、いくら先祖代々国を動かすポジションにいる血筋とか家系 があったとしてもだよ? 常にその家系から、国を動かすに相応しい人材が輩出さ れるとは限らないでしょ?」

「まあ、確かに」

「才能や資質にしろ、個人のモチベーションの問題にしろ、ちょっとこいつはやばい んじゃないのっていいたくなるような奴がさ、血筋やら家柄やらだけを頼みに、国政 に介入しちゃったりなんてこともあったんでしょ?」

「ああ」

ヴォルフラムはシュトッフェルのことを思い出した。

「で、逆にだよ。そういう特権階級の出身でない者の中にも、国を動かすに 相応しい才能や資質を持った人材がいる可能性だってあるわけじゃない?」

「それはそうだろうが……」

「にもかかわらず、特権階級の者たちのみによる統治という体制を貫いているという のはどういうことなの? 僕に言わせれば、非合理的以外の何物でもないように思え るんだけどねえ。惰性ってやつ?」

「いや、でも」

ヴォルフラムは反論した。

「君主を選ぶのは眞王陛下なんだ。本当に僕 たちには手の出しようが無い別格の次元で、国の長は決められるんだぞ。だったら 皆従うしかないだろう。眞王陛下がお決めになったのだからと自分たちを納得させ て、その王に忠誠を誓うのが……」

「あのさ」

ウォルトンが遮った。

「……さっきからちょいちょい聞く、その国王に対する『忠心』とか『忠誠』って 概念が、僕にはよく分かんないんだけど」

「え?」

「ああいや、 言葉の意味くらい分かってるけどさ。 『己の身を持って真を尽くす心がけのこと』でしょ?」

「ああ」

「だから余計に分かんないんだよ。……だってさあ」

ウォルトンの声色には 微妙に困惑の色が混じっているように聞こえた。

「相手は、国の最高権力者であるとはいえ、結局は赤の他人でしょ? 必 ずしも自分に利が返ってくるとも限らないわけじゃん。そういう人物に対して、 何でそういった忠心とか忠誠とかいう感情を抱けるの? 『己の身を持って真を尽くす 』気になれるの?」

「…………」

「義務感? それとも特別な好意? 君の場合はユーリに恋愛感情を抱いていたから なの?」

「それは……」

言葉が出てこなかった。大体、そんなこと を考えること自体、ヴォルフラムにとっては青天の霹靂だった。

「あ、もしかしてあれかな。国をどうにかしなければっていう思いがまず先にあって、 その感情を国の代表たる人物への忠誠心に変換してるのかな? そうなの?」

ヴォルフラムはすぐに返事が出来なかった。確かにそういう部分もあると思う。自分 自身にも、眞魔国の周りの人物たちにも。しかし、ユーリに対する自分の気持ちは、 そんな分析で片付けられるようなものでは到底無い。

ヴォルフラムの沈黙が肯定を示していると受け取ったのか、ウォルトンは くくくっと笑いながら言った。

「君も相当なナショナリストだねえ」

「……何だって?」

「ナショナリスト。国粋主義者だよ。ていうか、君の 国の人たちってみんなそーなのぉ?」

AIの声色は明らかに面白がっており、 それがヴォルフラムの不快感を急速に煽った。











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