4つの流動的要素   −二人のW−







2.





「随分な口を利くんだな」

機械のくせに、という言葉は辛うじて抑えたが、 口調は刺々しいものになっていた。

「言っておくが、僕たちには国家というものを死に物狂いで動かし、守って きたという実績があるんだぞ。それを国粋主義だのナショナリストだのと呼ぶのは勝 手だがな、分かってるのか?お前は。国政に携わる者たちがが経験する苦悩、嫌とい うほど見せられる過酷な現実を。そういうものを分かって……」

「戦争とい う過酷な現実、ってこと?」

ウォルトンが悪びれもしない調子で、ずげっと口を出した。

「それもある」

ヴォルフラムは一応そういう返し方をしたが、実のところ「それもある」 ではなく「まさにそのとおり」であった。

「じゃー君は知ってるの? 国粋主義すなわちナショナリズムが、戦争を生む元凶 にもなりうるのだということを」

「……何だって?」

「だからー、度の過ぎた国粋主義思想こそが戦争を生むんだって言ってんの」

「…………」

「国粋主義(ナショナリズム)は超国家主義(ウルトラナショ ナリズム)に繋がりやすいんだよ。日本なんかだと、この 傾向が1930年代半ばから40年代前半に顕著に現れてたって言われてるんだ。 でね、この時期ちょうど日本は、最終的にはボロ負けする戦争――第二次世界大戦ね ――の真っ只中にいたの」

「…………」

「上からの強権的な国家の 編成と対外進出を主張する思想によって国中が振り回され、戦争に雪崩れ込み、挙句の 果てにはぼろぼろに負かされた、まさしく暗闇の時代だったわけよ。ま、僕にはそう いう情報が入ってるだけで、そんな情景を想像するなんて難しいけどねえ」

開いた口が塞がらないヴォルフラム。 その様子を見て取ってか、

「おおい、大丈夫ぅ?」

とウォルトン。

「…………こそが……」

「うん?」

「国家への忠誠心こそが、民族意識こそが……」

何も移っていないモニタに向かって噛み締める ように言う。

「……結局は全ての元凶なのか?」

「ま、地球の常識ではそうなるねえ。上野千鶴子も言ってるよ。『わたしたちは ナショナリズムのなかで自分と民族とを同一化することで「われわれ」と「彼ら」を 作り出しているが、この集団的同一化は、強者、弱者のいずれのナショナリズムの 場合にも、罠としてわたしたちを待ち受けている』って」

ウォルトンは続ける。

「ちょっと前、日本で教育基本法を改正しようって時にね、条文に『愛国心』を盛り込むか 否かって話で散々揉めたんだって。法によって愛国心を押し付けるようなことを するなんて戦前に逆戻りだ、ろくな時代にならないって、批判が多く挙がったらしい よ。ま、僕の私見を述べれば、愛国心なんてものは法で定められるようなものでも、 上から押し付けられるものでもないと思うね。そんなことすれば、それこそ国民総 ナショナリストになっちゃうよ。個人個人がひっそり心の中で思ってればそれ でいいんじゃないかって気がするね」

ぺらぺらと紡ぎ出されるAIの言葉が、いちいちヴォルフラムの耳に突き刺さった。

「それはつまり……僕たちのような奴等が、戦争を生んできたっていうこと なのか?」

「んー……それに関しては、僕の立場でははっきり判断することは難しいけれど、 でも理論上では……」

一瞬渋った後、残酷な答えがやってきた。

「そういうことになるんじゃないの?」

スピーカーから出された、たいして大きくも無いはずのその声が、ヴォルフラムの 耳の中でワーンと響いた。

その反響の中で、ひとつの考えがめまぐるしく 動く。

ウォルトンが言った『日本における暗闇の時代』。
ウルトラナショナリズムが思想の 主流となり、国のために忠義を尽くせ、国のために戦え、国のために殺せがまかり 通っていた時代。自分の記憶、眞魔国の過去にも、それと見事に重なる ものがあったのだ。

ルッテンベルク師団のことである。

スザナ・ジュリアが亡くなったあの大戦で、国家への忠誠心を疑われて死地への出征 を余儀なくされたルッテンベルク師団の者たちは、殆どが帰らなかったものの、結果 として国への忠誠を証明したとされた。この話は英雄談として今も語り継がれている。

だが、その英雄談が、ウォルトンの話を聞いた今となっては、ヴォルフラムには とてつもなく皮肉な話に思えた。

ウォルトンの言葉が本当ならば、自分たちは皆、何処かで勘違いをしていたという ことになるんじゃないのか。 良かれと思ってしていることが、全て裏目に出ていたんじゃないのか。

国への忠義を、魔族への忠誠をと、散々振りかざされてきた思想を叶えようと することで、ますます世界を歪めていた。他国、他民族への敵愾心を助長させ、争い や悲劇を作り出していっていた――――。

そうとしか思えなくなってきた。

呆然としてしまっているヴォルフラムの心中を知ってか知らずか、ウォルトン は、うーんと一声唸ってから言った。

「それにしてもおかしいな」

ヴォルフラムは衝撃覚めやらぬまま、のろのろとデスクトップに顔を向けた。

「君さ、僕が今喋ったことをさ、全然聞いたこと無かったの?」

「……ああ」

だからこそこれほどまでにショックを受けているのだ。

「ユーリの口からも?」

「……何が言いたい?」

「いやさあ、社会学をやってたユーリが、このことを感じてなかったわけがないと思う んだけど。それともあれかな、思うだけにしといて口には出してなかっただけなの かな。違うかな」








引用:上野千鶴子著「ナショナリズムとジェンダー」(青土社)より。


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