4つの流動的要素   −二人のW−







4.





あの頃のユーリは殺気立っていた。ヴォルフラムはそう回想する。

「だからさあ、既にある情報を此処で再確認するだけなんだったら、会議する意味なん てないだって! 生産性のあること言えない奴は出てってくれよ!」

ロの字型に並べた机の前にずらりと顔をそろえた十貴族の代表者たちを、前に、ユーリ は苛々と吐き捨てる。

ヴォルフラムは表面こそ平静を装っていたものの、内心は動揺しっ放しだった。

御前会議が円滑に進まないのも、話が堂々巡りになって結局結論が出ずに終わるのも、 さして珍しいことではなかった。だが、あの頃のユーリはそれを何とかしようと、こうして 会議のたびに諸卿らを相手に必死で発破をかけようとしていた。

あの拷問具さながらの魔王専用席や珍妙な円卓は取りやめにされた。机はロの字型に 並べて魔王は上座に座る、という至って普通の会議体型になって以来、ユーリの 会議に費やすエネルギーはすさまじいものがあった。

なあなあの話し合いに慣れてしまっている貴族の面々などは、魔王陛下の口から次々 と飛ぶ言葉に、最初は豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「それはあんたの個人的な趣向じゃないの? 此処はそういったことを議論する 場所じゃないんだけど」

「そう言える根拠は何? 根拠がなけりゃただの想像じゃないの?」

「そんなの当たり前のことなんだよ。それ以上はないわけ? 何かアイデアはないの?」

「何か意見は? 人と違ったことでもいいんだよ。この部屋に存在する限りに おいては何か喋れって!」

当初、そういった厳しい言葉で諸卿を鼓舞し、議論に火をつけようと躍起になって いるユーリを、むしろ口元に笑みすら浮かべ余裕で見ていられたのは、やはりアニシナだけ だった。
彼女が乗らなければ、ただ空回っているだけと思われていたかもしれない。 国の中核から盛んな議論を展開させ、生産性のある意見や思想を引き出し、武力に 頼らず、頭と口で国を動かしていく下地を作ろうとしているユーリの熱意が。

「つまり陛下はこう仰りたいのですよ。口も開けぬ度量のない男は、御前会議に参加し 国を動かす役割を負うに値しない。出て行け、と」

赤い悪魔が、若干歪曲した要約をぴしゃりと述べたところで、場の方向性が 何とか決まったように思えた。

不名誉につまみ出されたくなければ、死ぬ気で頭を働かし、口を動かし、議論に参加 せよ。
それも言って良いのは生産性のある内容、人と違った意見だけだ。そうやって 必死で人と言葉をぶつけ、会議を回し、何かを結論付けるところまで持って行け。 それが国を動かす基盤になるのだ、と。








「後で聞いた話によれば、あれはユーリが大学のゼミとかいう授業で身につけた方法 らしい」

ヴォルフラムは、タンジェントを操作しながらウォルトンに言った。 パスカルは既に、仕事に戻ると言って出て行った後である。

「会議の場での議論の最中、うっかり誰かがユーリに同調して、私もそう思い ますなんて言ったりすると、あいつは怒るんだ。はじめはみんな困惑しきってたな。 陛下を立てたのにどうして怒られるのか、って」

「そりゃ、相手に合わせてちゃ議論にならないからでしょ。”意見”って、異なった 見解と書いて”異見”って表わすこともあるんだもの」

ウォルトンは、ディスプレイにパッと『異見』という漢字を表示して見せた。

「会議という場にユーリがそれほど必死になってたのは、自分の見解をゴリ押しし たかったからじゃない。異見をぶつけあうことで新しいものを導き出し、きちんと裏舞台 のある皆の見解として世に送り出し、国を動かす原動力とする。それを狙ってたからな んでしょーが」

「まさしくその通り」

ヴォルフラムは頷いた。

「あいつも魔王就任したての頃は、自分の見解の押し付けが目立っていたがな。眞魔 国の現状や人々の思想にえらく戸惑って、”何でこうなんだ、そんなの間違ってる、 俺の国じゃそんなのありえない、すぐやめろ”といった具合に」

「ほうほう」

「だが、それでやっていくには無理があるということに気付いたんだな。いくら 国の最高権力者とはいえ」

手元のタンジェントに、結構古い日付の記述が一行だけ表示された。



『会議の一大改革をしてみようかと思う。かなりきつい選択だとは思う。だけど俺は』



「会議がああなって以来、諸卿は皆そうとう大変だったんだろうが、 何だかんだいってもユーリが一番大変だったんだと思う。議論を見張るに 値する力が要るわけだからな。驚くほどの勉強量だった。”人に何かモノ言うために は、その3倍は情報が要る”とか言って。睡眠時間も随分削っていたな」

ヴォルフラムは目を細めた。

「あの頃、僕は自分が歯がゆくて仕方なかった。そこまでやって頑張り続けるユーリに 僕は何もしてやれないんだろうかと思うと、悔しくて」

ウォルトンは返事をしなかった。

「それにあのやり方でユーリが敵を作らないか、それも心配だった」

「あー確かにねえ。反発買って、貴族たちの中に反魔王派でも作られちゃあ、後々 やりにくいだろうしね」

「……後々やりにくいとかいうよりも」

この概念がウォルトンに理解できるだろうかと思ったが、続けた。

「魔王の尊厳を必要以上に傷つけることになる。それだけは避けたかったんだ」

この言葉にウォルトンは一瞬間を置いてから、うぅーん? という声を 出した。まるで首でも傾げているかのように。

「神聖化って意味で言ってるの?」

「え?」

「つまりさ、その尊厳を傷つけるのを避けたいってのは、王位の神聖化とか偶像化が 壊れるのを恐れて言ってるわけ?」

「…………」

「もしそうなんだとしたら、何故それほどに神聖化や偶像化が必要なわけ? 時の 権力者としての威光は十分すぎるほどあるはずなのに」

「…………」

ヴォルフラムは真面目に悩んだ。が、すぐに一つの考えに 行き着いた。

「いや、尊厳を云々というのは取り消そう。僕は単に……そう、心配していただけだ」

「心配ぃ?」

「ああ。ギリギリの線で頑張る自分の伴侶を、あらゆる 感情の下に心配するのは当然のことだろう。違うか?」

「うーん」

「それとも何だ、お前には心配という概念が理解できないのか」

少し笑って挑発するように言うと、ウォルトンは、

「失礼な!!」

と声を強めながら緑のランプを盛んに点滅させた。

「それぐらい 知ってるよ! それと、ヴォルフラムくんのその心配は、ユーリに対する個人的な 愛情に由来している部分が大きいものだってことも分かってるよ!」

「ああ」

ヴォルフラムは笑って頷いた。

「全くもってその通りだよ」






参考文献:遥洋子著「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」筑摩書房
      上野千鶴子著「サヨナラ学校化社会」太郎次郎社







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