Hollaback girl







いいわよ、観覧席で会おうじゃないの。校長も教育実習生も関係ない。

男はみんな勝ちたがり。だけど一人しか勝てない。

あたしは闘うわ。全身全霊で。











1.





平日の図書館は大入り満員というわけでは決して無い。午前中となれば尚更だ。

その時間帯を狙って、直也はよく図書館に足を運ぶようになった。直人と一緒に 行くこともあるが、最近は一人で行くことも多い。

不特定多数の人間が集まる場所へ直也が一人 で出向くことに、直人は渋い顔をしたものだったが、最近は何も言わなくなった。 割と平気な顔をして帰ってくる直也を見ているうち、慣れてしまったのかもしれない。

そんなわけで、今日も直也は本を入れる布バッグを片手に、一人図書館の 中で、『国内の文学』の棚の間を行きつ戻りつしていた。

たいがい、図書館の中にいる人間というのは、各々自分の探し物に集中している場合が 多い。従って己のエネルギーも自分の内側に向かっているわけで、外に放出される ようなことは少ないのだ。

感応能力の強い直也が図書館の中に長時間いても苦痛に感じないのは、そのせいか もしれなかった。

他の閲覧者と同様、割とマイペースに本を探していた直也だったが、今日は 少し気を緩め過ぎていたらしい。

「あっ」

「わっ……」

自分のすぐ右傍に若い女性がいたことに 気付かず、もろにぶつかってしまった。

―――その瞬間、どっと流れ込んでくる相手の意識。

だが、悪いタイプのものではなかったため、ダメージは受けなかった。すぐさま相手 に向き直り、謝罪する。

「……すみません」

「いえ、こっちこそ」

相手の女性は気を悪くした様子もなく、品のある物腰で会釈した。

直也はその女性に一瞬目を奪われた。

すば抜けた美人というわけでもなく、 物凄く個性的な服装をしているわけでもない。にもかかわらず、
彼女には否応なしに 見る者を惹き付ける何かがあったのである。

女性はさして気を停めていない様子で、そのまま直也の横を通り過ぎて行く。 直也はぼんやりと、その後姿を目で追った。

ピッと背筋を伸ばし、無駄のない流麗な動作で歩く彼女の身長は、165センチはあ るかと思われた。
ただ長身なだけではない。首が長く、頭が小さく、ファッションモ デルと言われても頷けるほどにバランスの良いプロポーションをしていた。

紺色のパーカにジーパンというありふれた格好をし、髪も無造作に一つにくくっている だけなのにもかかわらず、その一挙一動に、人を惹き付けるしなやかなパワーが あるようだった。

直也は、その女性が自分の視界からいなくなってもなお、こうして見ただけで受けた 強い印象の余韻を引きずっていた。そして、さっき偶発的に接触してしまった 時に流れ込んできた彼女の意識とを融合させ、彼女の正体を掴んだ。

「バレエダンサーだ、あの人」

思わず口に出して呟いてしまった。










「遅かったじゃないか」

ホテルの部屋に戻ると開口一番、眉間に皺を寄せた 兄にそう言われた。

「遅かったじゃないかって……それほど遅くなったとも思わないけど」

直也は口を尖らせ、ベッド脇の時計を見る。記憶が確かなら、自分がこの 部屋を出て行ったのはほんの40分ほど前のことだったはずだ。

「いつもは、すぐそこの図書館に行くだけなら30分もあれば帰ってくる だろ」

いちいち時間を計っていたのか、この兄は。直也は半ば呆れ、

「今日は目当ての本を探すのに手間取っただけ。こういう日もあるよ」

と言いながら、布バッグをテーブルに乗せ、中の本を出して並べて行った。

本を探すのに手間取ったというのは、あながち嘘ではない。では何故手間取ったか というと……

「直也」

「……うん?」

「そのシリーズの 2巻、前に借りたんじゃなかったか?」

「……え? あっ……」

直也は驚いて、借りてきた本のうちの一冊を手に取った。そうだ、これは前に借りた ことがある。今日はこのシリーズの4巻目を借りるつもりでいたのに、今の今まで 気付かなかった。

「何してんだ、全く」

直人の呆れたような声も、直也の耳を素通りして行った。

そう、あの後、本を いくつか探して棚の前を行ったりきたりしている間も、自分は何処か上の空だった。 一度借りた本を気付かずにまた借りてしまうなんてミスをやらかすくらいに―――。

あのバレエダンサーから受けた強い印象がまだ尾を引いていることに、直也は 改めて気付かされた。









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