Hollaback girl












2.





次に直也が図書館に出向いたのは、その一週間後のことである。

5,6冊の本など、読み終えてしまうのはあっという間なのだ。 もともと時間を持て余している身分である上に、集中力も高い。こうやって直也は、だいたい 週1ペースで図書館に通っていた。

今日の館内は、先週に比べると人が多いように思えた。 先週借りたものを全て返却すると、直也はのんびりした足取りで国内文学の書架へと 向かう。何を借りるか、今日はまだきちんとは決めていなかった。
途中、何人かとすれ違ったが、特に気に留めることはしないようにした。 気にしてしまうと自分の能力の関係上、余計なものをキャッチしてしまう恐れもある ことだし。

――にもかかわらず、何故かその姿だけははっきりと視界に入ってき たのである。

ピッと背筋を伸ばした、長身の若い女性。服装こそこの前とは違っていたものの、無 造作にくくった髪、すっきりと出された額、何よりその洗練された所作や歩き方は、 間違いなく自分の記憶と合致するものだった。

先週ぶつかったあの女性だ。バレエダンサーの。

直也は、何故か心臓が小さく跳ねるのを感じた。同時に、前に彼女を見た時に受けた 強い印象が蘇り、つい足を止めてしまう。

すれ違う瞬間、直也は彼女の顔に一瞬ではあったが、視線を送ってしまった。そして、 ばっちり目が合った。その時、ひときわ大きく直也の心臓が跳ねる。

女性の方はすぐ別の方向に視線をそらし、そのまま歩いていってしまった。

だが。

「………」

直也はその場で立ち尽くした。色の薄い瞳に動揺が走る。

彼女にまた会ったからではない。唐突に「分かって」しまったからだ。こんな時、何故 こうもいきなり能力が働くのか。

直也は眉をしかめ、首だけ回して彼女の後姿を見つめた。能力者としての目で。

――あの人は、近いうちに危ない目に遭う。






直也は自分でも意識しないうちに、あの女性が歩いていった方に足を進 めていた。自分の視界に、彼女は既にいない。気配だけを、まるで追いかけるように、 直也は急いだ。

今回に限って、「いつ何処で、どのような」が分からぬ曖昧な予知だった。ただ何と なくそんな予感に襲われたというだけだった。直也にしては珍しいことで、それを 酷くもどかしく感じた。

まだ二度しか会ったことがなく、 面識どころか名前も知らない相手だというのに、何故こうも危機感に駆り立てられる のか、直也にも分からなかった。――が、その時



階段。そこから不自然な姿勢で転落する女性。その目は驚愕に見開かれている。



自分の脳裏に突然展開したこの映像に、直也は立ちすくんだ。 そして、反射的に左側を見る。館の出口のすぐそばまで来ていた。

階段。咄嗟に思い当たって、直也はダッと出口の自動ドアに駆け寄り、そのまま外に 走り出た。

この図書館は少し高い位置に建てられているため、幅広の長い階段を上らな ければ入り口に辿り着かないのだ。従って、帰る時は当然その階段を降りなければ ならないわけで―――。

下を見下ろす形で視線を巡らせると、案の定だった。
階段の真ん中辺りで、あの女性がしゃがみ込み、右足を抱えていた。持っていたらしき バッグは足元に投げ出され、顔は苦痛に歪んでいる。転落したらしい。

ああ、やっぱり。そう思うと同時に、自分の予知した危機がこうも出し抜けに起こっ たことに直也は驚いていた。そして、知っていながらも防げなかった自分を責めた。

自分でも意識しないうちに、直也は彼女に駆け寄ろうと小走りに階段を降りていった。 その時、彼女よりも上の位置で唖然としたまま突っ立っている、5歳くらいの男の子 の傍を通り、その時に拾った残留思念から事情を察知した。

階段の上の方ででちょろちょろとふざけまわっていたその男の子が、傍を通って 降りようとしていた女性にぶつかりそうになった。女性がそれを避けようとしたところ、 足を踏み外し、変な姿勢のまま転落して中腹付近で止まった。そういうことらしい。

「大丈夫ですか?」

直也は彼女の傍らにしゃがみ込んで目線を同じくし、 声をかけた。周りには何人かこっちを見ながら通りすがる大人がいたが、皆 そのまま素通りしていく。冷たいものだ、と直也は内心ため息をついた。

女性は苦しげな顔を直也に向けながら、

「大丈夫……じゃないかもしれないです」

と、掠れた声で呟いた。 細面で色白の顔は青ざめている。外科的な痛みとかいったものよりも、不安からきている ように見えた。

「怪我されたんですか?」

彼女の身体には触れないようにしながら、直也は尋ねる。

「何か、この辺りが……」

そう言いながら、彼女はスリッポンを履いた右足 の甲を手でさすった。親指の付け根より下の辺りを押した時、

「うッ」

痛んだらしく、眉間に皺を寄せた。

「痛いんですか? ……立てませんよね?」

「分かりませんけど……あの、ご迷惑でなかったら、ちょっと肩を貸して頂けません か? 階段の下まででいいので……」

直也は一瞬怯んだ。が、彼女の すがるような目に、意を決した。

「どうぞ」

直也は彼女の右側に周り、自分の肩で彼女を右腕から持ち上げるようにして立たせた。

次の瞬間、彼女の思いが怒涛のように流れ込んでくる。



どうしようどうしようどうすればいいの。もうすぐ本番なのに、怖い、ローザンヌ が、ジゼルが、先生になんていえば、ああどうしよう、ローザンヌ最後のチャンスな のに、舞台、ジゼル、主役なのに、どうしようどうしよう、先生、ヴァリエーション が、立てない、治らないかも、どうしよう、どうしようどうしよう、ああ終わって しまう――――



その激しさに直也は圧倒され、足元がふらつきそうになった。だが何とか 堪える。

これだったのだ。彼女が遭う「危ない目」とは。階段から落ちて怪我をすることでは なく、それをきっかけに起こるダンサーとしての危機。









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