4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







1.





『親愛なるみんなへ。

この手紙が読まれている頃には、俺は既に血盟城もとい眞魔国から姿を消している と思う。
突然いなくなって、驚かせてしまったかな。もしそうだったら謝るよ。

けれど、これはもう随分前から考えていたことなんだ。

ただ、思いついた当時の俺には王位というポジションがあって、それを放り出してまで 計画を実行に移すことは出来なかった。それに教養もなかった。俺は何にも知らなくて、 自分一人じゃ何にも出来なかったんだよな。

だから、準備期間が 必要だったんだ。もっともっと勉強して教養つけて、魔力も自在に使いこなせるように なって、自分ひとりでも賢明な判断が出来て、へなちょこーなんて誰にも言われなく なるように、準備する期間がね。

それがいま大体だけど完了したと思うし、一昨日、王位に関しても退位が表明できたので、 俺は計画を実行に移すことにする。

誰にも相談しなかったのは、したら止められるか、 もしくはついて行くなんて言い出す奴もいるかもしれないと思ったからだ。 悪いが、それは出来ない相談なんだ。これは一生かかることだと思うし、そんな 俺の勝手に誰かを付き合わせて振り回すなんて、気の毒すぎる。そいつにはそいつの 人生があるんだもんね。

だから、誰にも打ち明けず、誰も付いて来させず、俺は一人で行こうと思う。

俺が何をしに何処へ行くのかという問題以前に、どうして俺がこの計画を思いついた のか、その理由を説明しようか。

俺、渋谷有利は、4つの要素で出来ているんだ。すなわち、

眞魔国産の魂と、地球産の身体と、親父から貰った魔族の血と、お袋から貰った人間の血。

この4つが融合して、俺という存在が成り立っているんだよ。

凄い事だと思わないか?

俺は二つの世界に同時に属し、二つの種族を同時に含む者なんだ。
俺って、かなり希少な存在なんじゃないのかな。そんなことあんまり自分で 言いたくないけどね。

で、俺は思った。
そんな「希少」な俺は、一国の王位に座を占めて、一ヶ所に留まっているべきではない のでは?と。

地球、こっちの世界、魔族、人間、あとそれから神族。これらの要素の間を駆け回れる 存在、何処にも
属さない、正義と和平の媒介者になってしまうのはどうか、ってね。

正義と和平の媒介者。

変な言い方だよな?でもこれ以外当てはまる言葉が見付からなくってさ。

俺のこれからの人生は、二つの世界と其処に属する全ての人類のために使おうと思う。
無茶苦茶なことだってのは分かってるよ?俺一人が奔走して、それで世界が激変 するわけでもないってこともね。

でも、みんな知ってるだろ?無茶と無謀は俺の十八番だって。
今までは、それに周りを巻き込んで迷惑かけてきたたけど、もう俺は魔王じゃないし、 お子様でもないんだから、誰も巻き込まずに一人で無茶しに行くよ。

眞魔国のことは、あんまり心配してない。過去50年で下地は作ったつもりでいるし、 王位に関しても既に跡継ぎは決まっている。 いま現在何か切迫した問題があるわけでもないし、有能な人たちもいーっぱいいるんだ から、俺一人いなくなっても、さして問題ないだろ。

俺は別に失踪するわけじゃない。ちょっと世界をぶらついてくるだけだ。
だから、何かの機会に眞魔国に寄ったり、戻ってきたりすることがあるかもしれない。
その時は宜しくね。追い出したりしないでくれよ。

さて、まず何処へ行くかは・・・実はまだ決めてないんだ。こっちの世界から始める か、それとも一旦地球に行くか、まだ全然。どうしようかな。

世界は広いから、 迷うな。

それじゃ。

                                             渋谷有利原宿不利』









「これを何処で見つけたのですか?ヴォルフラム」

一同の前でこの手紙が音読された後、ギュンターがそう質問を振った。

「・・・ユーリの部屋の机の上に。朝起きたら、置いてあった」

ヴォルフラムが呟くようにそう答えた。

「ぼくが目を醒ました時にいないのはいつものことだから、はじめはさして気には留めて いなかった。
走りこみに行ったんだと思っていた。でも・・・机の上に 封筒が乗っているのを見つけて。 昨日まではなかったなと思って、手に取ってみたんだ。それで・・・」

ギュンターは封筒の表をかえす。「みんなへ」とだけ書かれた、ユーリの字。

「・・・要は、旅に出たということなんだな?一人で」

「そういうことなんでしょう。でも、ただのご旅行ではない。何ていうのでしょう、 世直し旅・・・ですか、そう表現していいんですよね?」

「ああ。しかもこちら側と地球と、二つの世界をまたにかけるおつもりらしい」

グウェンダル、ギュンター、コンラートがぽつぽつとコメントを述べていく。
その中、ヴォルフラムだけは下を向いて黙りこくっている。そんな彼を、気遣わしげに見守る 義娘グレタ。

「・・・確かにユーリ陛下は先日、突如退位を表明され、我々は色々と大騒ぎしまし たけれど、一応それが承認されましたから、今は国王ではあらせられません。ゆえに、 この陛下の『失踪』に、我々はどう対応すべきか・・・」

そう。ユーリはいまや上王陛下。国王ではない。
それ故、この『失踪』も、国際規模での手配が必要とか、そういう問題には繋がらない。

しかし、気がかりなのは一人で行ってしまったことだ。

フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエも、退位後は自由恋愛旅行と称して旅に 出たが、彼女は供の者を沢山連れて行ったし、それなりに金もかけていた。安全と快適 さに関してはかなりのレヴェルで保障されていたといって良い。しかも彼女の旅の目的 は、大きく言えば”娯楽”だった。それもあってか、ツェリの旅行には誰も干渉しな かったし、心配もされなかった。

しかしユーリの場合は違う。
二つの世界をまたにかける、壮大な世直しの旅に 出るというのだ。わざわざ危険に首を突っ込みに行くに等しい。

そんな旅に一人で行ってしまったとなると・・・。

「心配・・・だな」

ぼそっと呟くコンラート。

「それならやはり、捜索に踏み切った方が・・・」

とギュンター。

「いや、こちらの世界にいるとは限らん。その手紙にもあったが、地球に戻った 可能性もある」

グウェンダルが呟く。

「しかし!どちらの世界にいらっしゃるにしても、ユーリ陛下の身に何ごとか起きて からでは・・・」

「陛下はもう上王だ。魔王ではない。この失踪も自身の意思でのことだ。我々は・・・ 手の出しようがない」

「連れ戻される理由をなくすために退位し、こうして書置きを残して夜のうちにひっそ り姿を消されたわけか・・・準備がいいな。なら、こちら側が捜索に踏み切っても簡単には 捕まらないように、とっくに手も打たれているんじゃないのか」

首脳陣3名がこうして話し合いを続けている間も、ヴォルフラムはその輪に 入らず、一歩離れたところに突っ立っていた。だがやがて、おもむろに彼らに背を向け、 歩き出した。

「ヴォルフ?」

グレタがその背中に声をかけ、他3名も一斉に視線を ヴォルフラムに移す。だが彼は誰の顔も見ようとはせず、部屋の出口まで足を進めた。 そして、

「・・・部屋に戻る」

それだけ言い、執務室から出た。

ヴォルフラムがばたんと後ろ手に扉を閉めた直後、ついに堪えられなくなったのか、

「あああああ陛下が、私の陛下がああぁぁぁ・・・」

という、ギュンターの絶叫が 聞こえてきた。




<次へ>









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送