4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







12.





二人は荷物を抱えて地下鉄を降りた。

駅構内は売店も飾り気もなく、あっさり したものだったが、人の行き来は多く、それなりに賑わいを見せていた。

その人波を見て、ヴォルフラムは溜息の出るような思いがした。

自分と同じく金髪で肌の白い人、茶色い髪(ブリュネット)で眼の青い人、肌が黒く 髪が縮れている人、またユーリや村田のように、黄みがかった肌で髪の黒い人などなど。

あらゆる容貌の人たちが見事に混ざりあい、構内を闊歩している。

成田でも似たような光景は目にしたけれど、こちらはまた若干おもむきが異なった。 混ざり方が徹底しているというか。

「さて、此処からそう遠くないはずなんだ けど……」

村田は荷物の中から手帳を取り出し、それをぱらぱらとめくり 始めた。







徒歩で辿り着いたその場所は、廃工場のような建物だった。人の気配はない。

廃工場、というにはどこも小奇麗過ぎるように思えたが、ともかく村田とヴォルフラム はその建物の敷地内に足を踏み入れた。

「何なんだ?此処は」

訝しげにそう問うヴォルフラム。だが村田きょろきょろと視線をめぐらせつつ、困惑し ているように見える。

「おかしいな……移動しちゃったのかな」

「誰が何処に移動したんだ?ユーリか?」

「まあ、そうなんだけど…… あれー、いつもここに偽装車停めてるはずなんだけど……」

「…………」

「フォンビーレフェルト卿、ちょっと此処にいて。僕、建物の 中見てくるから。荷物番しててよ」

そう言うが早いか、村田はヴォルフラムの 足元に自分の荷物を置き、携帯端末と手帳と財布だけ取り出してすたすたと建物の 中へ向かって行った。

後に残されたヴォルフラム。まあ自分がついていって 役に立つとは思えないので、仕方なくこの場で待つことにした。

入り口から少し距離を置いた場所に立つ。

改めて辺りを見渡してみると、周辺の 道路は車通りも人通りも少なく、かなり閑散としている。
地球に着てからこっち、 ヴォルフラムが行く場所はたいてい人が溢れかえっていたので、こういうところも あるのか、と密かに経験値を上げたような気分になる。

ぼんやりと空を見上げながら思う。いつになったらユーリに会えるのだろうか。
いつぞやのシマロンの時のように、何処にいるのかも安否も分からぬ状態で 探し回るのとは訳が違うが、それでも同じ国にいて同じ空気を吸っているのにまだ会えない なんて、と思うと歯痒かった。

その時。

じりっ、と地面を踏む音が背後から聞こえた。

ハッと振り返ると、そこには建物の影から半分身を覗かせた、見知らぬ若い男がいる。
焦げ茶の短い髪で中肉中背。黒っぽいスーツをノータイで着ていた。 ヴォルフラムと眼が合い、表情を凍らせたその男は突然、口を開いた。

「……Who are you ? What are you doing here ? (貴様、何者だ?そこで何してる?)」

男が自分の右手を懐に素早く差し入れ何かを取り出した、と思うとそれをヴォルフラ ムに向かって突き出す。

ヴォルフラムも反射的に左腰に右手を持っていった、が、剣などさがっているはずもなく、 右手は空を掴む。

双方の距離、約5メートル。 左腰に右手をやった恰好のまま固まったヴォルフラムに、男は強い声音で更に言う。

「動くな、両手を頭の後ろで組め!貴様、例の五人のうちの一人か?」

例の五人?ヴォルフラムは訳が分からない。分からないといえば、さっきからこの男が 自分に向かって突き出している、あの右手の黒光りしたもの。あれは一体何だろう。

「はやくしろ!でないと……」

男がその右手の黒光りしたものに左手を添えた、次の瞬間。

ヒュウッと何かが風を切る音がし、二人の間に何かが落ちた、と思うとそれがブワッと 弾けた。

「うわっ……!」

思わず後退りするヴォルフラム。瞬く間に周囲に白煙が立ち 上った。

慌てて右袖で鼻と口を覆う。煙で周囲が真っ白くなり、視界が全く 利かなくなった。
その白煙の中で突如、ドスッ、バシッという音がした。それも男 の立っていた位置からだ。

どうしよう、逃げた方がいいのだろうか、でも下手に動くのもかえって危険かもしれない 、とヴォルフラムは煙の中で立ちすくんだまま葛藤した。

そもそもこんな戦法聞いたことがない。ユーリはこういうことはあまり詳しく教えてく れなかったが、今まで会話の端々で、地球での軍事発達は恐ろしいものがあると言って いたような気がする。

ああやっぱり駄目なのか。僕はこの世界ではまるで使い物にならないのだ。前時代的な 異世界からやってきた僕なんて、いくら軍人だと言っても地球では話にならないんだ。

……と、ここまで思うこと僅か5秒足らずの間。
気付けば、自分の周りを 覆っていた白煙が徐々に薄くなり始めて、視界も薄ぼんやりとだが、確保出来つつある。

その中でまずヴォルフラムが確認したのは、さっき男が立っていた場所 で、自分に背を向けてしゃがみ込んでいる人物だった。

その側に、さっきの若い男が仰向けに転がっている。どうやら気絶しているようだ。 この人に倒されたのだろうか。

しゃがみ込んでいる人物は、その男のジェケットやズボンのポケット をせっせと探っている様子である。
そして、身分証や財布や携帯端末といった幾つかの品を目の前でためつすがめつして いたが、やがてその恰好のまま、フイッと首だけでヴォルフラムの方を向いた。

振り向いて初めて、白人の女だと分かった。明るめの茶色い髪は肩につくくら いの長さで、色眼鏡をかけている。御陰で目の色は分からなかったが、眼鏡越しに ヴォルフラムをつま先から頭までざっと眺めるように見ると、こう言った。

「Are you okay?」

妙にキンキンした、掠れた声だったが、それには 構わずにヴォルフラムはすぐに答えた。

「Yes, I'm okay」

だが、この女が自分の敵なのか味方なのか、まだ分かりかねた。

女は無駄のない動作で立ち上がり、

「All right, that's good」

と、サラリと言い、自分の服の肩から 袖にかけて、パッパッと手で払った。

女は濃い灰色の、皮製のつなぎのような服を着ていた。足元は、つま先がラウンド型の黒い ブーツ。
パッとみた感じでは、何者なのか判断出来ない。

どうしよう、礼を言った方がいいのだろうか、とヴォルフラムは迷い、 一瞬宙に泳がせた視線を女の方に戻す。そして女とばっちり目が合う。

……色の分からないその目が、何だか良く知ったもののような気がして、ヴォルフラム は2,3秒の間、その目を見詰めたまま口を開けずにいた。すると、

「……くっ……ぅはははははははっ!」

女が声を立てて笑い出した…… のだが、「ははは」の声のトーンが徐々に低くなっていく。まるで男の声のように …………男?

「すっげーお前英語喋ってるし!いやーこんなところで会うとは驚きだね。こっちに来てるってことは知ってたけど、 まさかいきなり此処で再会とはねー。それにしても危なかったなーぁ」

エメラルドグリーンの瞳をまん丸に見開いたまま呆然としているヴォルフラムの 前で、女は声のトーンを男のものに、言語を英語から……眞魔国語に変えて喋った。

「こんなとこを一人でうろつかせるなんて……。ったく、村田は何やってんだよ? 後で文句言わねーと」

ヴォルフラムがあまりにもよく知った声でよく知った言 語を喋るこの白人の女は、そう言いながら色眼鏡を外した。そして突如、自分の顔の左 顎を、右手の指で掴んで引っ張る。

そのまま顔の皮膚がニューッと伸びた、と思うとそれがべりべりと剥がれ、 その下から剥がしたものより健康的な色の肌が露わになる。そして、茶色い髪が ばさっと地面に落ちた。

もう白人の女など何処にもいなかった。いるのは、ヴォルフラムが捜し求めた最愛の人。

特殊メイクの跡の残る肌を手の甲で擦りながら、ユーリは、まだ突っ立ったまま 凍り付いているヴォルフラムの顔の前で、二、三回手を振った。

「おいおい、ヴォルフラムさん?大丈夫?なに、顔引っぺがしたのがそんなに恐ろしか ったの?」

次の瞬間、ヴォルフラムは目の前のユーリに、がばっと 抱きついた。抱きつかれた方が3,4歩ふらつくくらいの勢いで。

ユーリの肩に顔を埋め、そのまま大きな声で言う。

「……お前って奴はっ…………!!」

相手を抱き締める腕に、ぎゅーっと力を 込める。そして2,3秒沈黙すると、その姿勢のままで言った。

「……探したぞ…………」

ユーリも相手を抱き締返す腕に力を込めた。

「……そうみたいだな」






あおい眼をした人形は、異世界から来た元王子。

地球で伴侶に会えた時、いっぱい涙を浮かべてた――――。









<次章へ>









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送