4つの流動的要素   −あおい眼をした人形は−







5.





ヴォルフラムは歩きながら、街なかを行く人波に度肝を抜かれていた。

右を見ても双黒。左を見ても双黒。

…いや、3人に1人くらいの割合で白茶や栗色の髪の者が混ざっているが、 それでも眼の色は皆一様に黒だ。

しかもヴォルフラムの眼には、誰も彼も美形 に写る。
ユーリの一種凄みのある美貌に及ぶ者はいないと思うものの、 それでも、それなりに粒揃いな双黒の者たちがぞろぞろと自分の側を行き交うさまは、 これはこれで結構な迫力だ。

容貌だけではない。この双黒の者たちの身なりもなかなか興味深い。
何というかこう、男女きっちり線引きされていないというか、身分で身なりが割れて いないというか。
女性には肌の露出面積の多さが目立つ。また、誰もが質の良い ものを着ているようにも見えた。

なるべくじろじろ見ないようにしようと意識しているが、それでも物珍しさから、 つい通行人たちに目が行ってしまう。…ところで、さっきから自分もその通行人たちに、チラチラ 見られているような気がするのだが、何故だろう。

「やっぱりみんな、君を見て振り返るねえ。僕が完全に引き立て役になってるよ。 あーあ」

斜め前を歩く村田が、大袈裟に肩をすくめた。

「君、こっちじゃ凄い美人に見られるから。まあ、眞魔国でもそうなんだろうけど、 日本じゃそういう白人系の顔立ちって、特に眼を引くからねえ」

「…はあ」

そう言われても、ヴォルフラムにはぴんとこない。確かに ユーリには散々、可愛いだの美少年だのと言われ続けていたが、 それはユーリ自身が美人だから、その余裕から生まれるお上手なんだろうと思っていたし。

ヴォルフラムは話題を変えた。

「それで猊下、これから何処へ?」

村田はずり落ちたトートバッグを肩にかけ直しながら答えた。

「日本橋だよ。そこにあるホテルで、地球の当代魔王陛下が待ってる」

にほんばし、というのは地名だろうか。ほてるというのは何だろう。

「これから電車に乗るからね。とりあえず、迷子にだけはならないようにして。 今は君の身元を証明出来るものが何も無いから、厄介ごとに巻き込まれでもしたら 面倒だ」

「…分かった」

でんしゃって何だろう。








巨大で豪勢な建物を前に、ヴォルフラムは立ち止まって眼を見張っている。村田は、

「さ、もう来てるだろうから、はやく」

と急かし、正面入り口 に向かって足を進めていく。ヴォルフラムも慌てて追いかけた。
入り口には、軍人の正装のような格好をした若い男が一人立っている。彼は二人との すれ違いざまに、

「いらっしゃいませ」

とにこやかに言いながら 頭を下げた。ヴォルフラムは相手が何を言っているか分からなかったが、挨拶かなと 思い、とりあえず会釈してみた。

前に立つだけで勝手に開くガラス扉 (この手の扉を今日は何度も見ている)から中に入り、ロビーをずんずん進んでいく。 ヴォルフラムは豪勢な内装を眺めながら、この金をかけていそうな風情、血盟城とい い勝負なんじゃなかろうか、と密かに思った。

村田は少し歩調を緩め、誰か探すようにきょろきょろと周りを見渡していた。が、 やがて

「あーいたいた。どーもー御久し振りですー、友達のお兄さん」

と言いながら、フロア中央に駆け寄っていった。その先をヴォルフラムが 見やると、

「こちらこそ暫らくだな。弟のオトモダチ」

と言いながら、ソファの横でポケットに手を突っ込んで立っている男性がいるのに 気付いた。

ヴォルフラムは村田の背中を追いながらその間、男性の風貌を素早く観察した。
やはり双黒。目の醒めるような美形だ。身長はヴォルフラムよりもある。コンラート と同じくらいかもしれない。

男性の方もまたヴォルフラムを観察しているようである。 眼鏡の奥の黒い瞳でじろっと眺められるのを感じた。全然似てないんだよ、とよく ユーリは言っていたものだが、顔かたちよりも、この男性の醸し出してい る雰囲気が、ユーリとはだいぶ異なっているように思えた。少々冷たいというか。

「はじめまして、ユーリの兄上。フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムです」

ヴォルフラムは言葉が通じないのも忘れ、相手の真向かいに立つとすぐに名乗りを あげた。

「…へえ、君が」

通じなくとも、自己紹介をした気配は感じ取ったのだろうか。相手が答える。

「こちらこそはじめまして、弟のライフパートナー君。有利の兄、渋谷勝利です」

直立したまま、にこりともせずにそう言った勝利は、すぐに村田に視線を移した。

「3階に部屋を取ってある。ひとまず其処へ。すぐに始めるぞ」








部屋に通されると、勝利はすぐ、ライティングデスクの影から、銀色のアタ ッシェケースのようなものを引っ張り出した。それを開け、中から取り出したのは 極薄のノートPCだ。更に、私物の鞄の中をごそごそやって、コードのついたヘッド フォンを出す。それをPCに繋いだ。

勝利がPCを立ち上げたり色々やっている間、村田はヴォルフラムに言った。

「これから、君に地球の言葉を叩き込むからね」

「言葉を?」

ヴォルフラムは訝しげに村田を見る。

「大丈夫、脳に悪い影響は何にもないし、そんなに時間もかからない筈だから。 NASAブランドだもん」

「…なさ」

「そういう分からない言葉やこっちの基礎的な常識も、あれにかかればみんなまとめて 分かるようになるよ」

村田が『あれ』と顎で示したPCを、ヴォルフラムはまじまじと見詰めた。また 奇天烈な機械が出てきた、と思いながら。

しかし、あの機械の御陰でこちらの世界の言葉が喋れるようになり、常識も分かるように なるのなら、それは願ってもないことだ。
地球に来てからこっち、まだまともな 行動に移れてもいないし、村田以外とは会話もままならない。分からない単語や疑問 が増えるばかりだ。とりあえず、『でんしゃ』が誰でも利用できる交通手段のことで、 『ほてる』は大型の宿泊施設のことを指す、ということは分かったけれど。

やがて、

「準備出来たぞ」

勝利がそう告げ、村田に視線を移した。

「おい弟のお友達、こいつにまず横になるよう言ってくれ。1時間くらいかかるだろう から、その方がいい」

「え、1時間?そんなかかりましたっけ?」

「2ヶ国語入れるからな。それに地球の基本常識の容量も若干増やしてある。最速 でも1時間にはなるだろうな」

「あぁ成る程。分かりましたー」

村田は眞魔国語に言葉を切り替え、ヴォルフラムにベッドに横になるように言った。
言うとおりにしたヴォルフラムに、勝利がいささか乱暴にヘッドフォンをつける。 コードで繋がれたPC本体の方は、ベッドの真横に引っ張ってきたサイドテーブルの 上に乗せた。

「1時間ばかり、このままじっとしててね。今はめたそのヘッドフォンから色んな 音とか聞こえて来ると思うけど、あんま真剣に耳傾けなくてもいいから。聞き流し ちゃって大丈夫。寝れるようなら寝ちゃえばいいし」

村田がそう説明している横で、勝利がキーボードをカタカタ叩いている。やがて、 PCの振動がヘッドフォンに伝わってきた。ヴォルフラムは眼を閉じた。




* * *




寝つきはかなりいい方なはずなのに、結局ヴォルフラムは一睡も出来なかった。

はい、もういいよ、と村田にヘッドフォンを外されると、かなりげんなりした 様子で起き上がる。ベッドの上にあぐらをかいたまま、ヴォルフラムは片手で頭を 押さえた。そんな彼に、村田が日本語で話しかけた。

「フォンビーレフェルト卿、僕の言ってること、分かる?」

頭の中で何かがピクリと反応するような感覚を覚え、ヴォルフラムはすぐさま日本語 で返答した。

「はい猊下、分かります」

その流暢さに ヴォルフラム自身も驚いた。これが日本語か。これがユーリの国の言語なのか。

すると今度は、

「Can you understand what I'm saying?」

言葉を英語に変え、村田はまた訊ねた。それにもヴォルフラムは淀みなく答える。

「Yes,I can understand」

勝利が少し眼を大きく見開いた。

「成功だな」

「ですね。良かった良かった。しかしまあ、たった1時間で 2ヶ国語入るなんて、科学の進歩は偉大ですねえ、友達のお兄さん」

「そうだな、弟のお友達。ウェラー卿の時は英語だけでも一晩かかったらしいしな」

そんな二人の横で、ヴォルフラムは眼をシバシバさせながら、いま自分の頭の中で 起きていることにえらく戸惑っていた。何せ、ついぞ1時間前までは知らなかったはずの 知識が、雪崩のように押し寄せてくるのである。

宮崎駿、オリンピック、インターネット、歌舞伎町、クローン、ソニー、 押井守、二・二六事件……

……宮崎駿って誰だ?男か?




<次へ>









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送