4つの流動的要素   −7人−







5.





作戦前の恒例らしい、「アーメン」が済むと、ポーラ以外の五名はすぐさま行動に 移った。

まず、ユーリが指定した組ごとに、少しずつ時間差を置いて地下の楽屋を後にする。
フェイス・パスカル組、単独のジャスティン、最後にユーリ・ヴォルフラム組という順で 出て行き、その後は作戦開始までバラバラに行動することとなった。

ユーリ・ヴォルフラム組は、いったん店の外に出、周辺を一回りして少し時間を潰すこ とにした。その後、いかにもたった今やって来ました、という具合に店に戻るというわけ である。

時間を潰している間、二人は他愛もない話を続けた。

「グレタがお前に宜しく伝えてくれと言っていた。あの子はこれからも、外交に携わり ながら仕事を続けるつもりなんだそうだ」

「そっか……こんな親でもあの子は逞しく育ってくれたんだよな。良かった」

「何でそう自分を低く考えるんだ、お前は。グレタがああもいい娘に育ったのは、お前 が親になったからこそだぞ」

「うーん、どうだか。……ああそれはそうと、コンラッドやギュンター、あとグウェン ダルたちは? 勝手にいなくなって、やっぱ怒ってた?」

「怒ってはいなかったが、でも心配そうではあったな。特にギュンターなんて………言う必要もないか」

本当は、ヴォルフラムが聞きたいのはこんな話ではないんだろうということくらい、 ユーリにも分かっていた。これから行う任務の内容、「五大陸」の仲間たちの話、ヴォルフラム はそういうのを知りたいに決まっているのだと。

しかし、いま此処で、はマズいのだ。誰に聞かれるか知れたものではない。 そこから作戦の失敗に繋がったら、それこそ笑えない事態になる。

ヴォルフラムもそれを心得ているのか、聞こうとはしなかった。

「こっちに来てからは、何かにつけ驚いてばかりだが、慣れれば面白そうな場所だな、地球は。 もっとも、便利さに慣れてしまったら、なかなか向こうの世界に帰れなくなるかもしれ ないが」

「はは、それ言えてるかも」

そんな具合に他愛もないことを話しながら十数分、ぶらぶら歩いた。そして また『エディントン』へ戻った。

いよいよミッションスタート、である。店に入る直前、ユーリはヴォルフラムに耳打ちした。

「なるべく自然に振舞えよ。普通の客のふりしてろ」

「……分かった」

こういう店での自然な振舞い方というのがどういうものなのか、ヴォルフラムには 分からなかったが、とりあえずユーリや周りの客を真似ていれば問題ないだろうと 判断した。

照明を落とした店内に足を踏み入れると、既にかなりの数の客が賑わいを見せていた。

だが薄暗いため、そうハッキリと周りの客の顔が見分けられる感じではない。しかも ダイニングバーなので、客がしきりに動き回る。椅子やテーブルはちゃんと並んでいる が、レストランとは違って、客が席に着きっぱなしというわけではないのだ。

こんな状況で「五大陸」のメンバーはどう任務を遂行するというのか。ヴォルフラムの 頭の中にはクエスチョンマークばかり浮かぶ。

とりあえずノンアルコールの飲み物をオーダーし、ユーリとヴォルフラムは適当な 立ち飲みのテーブルについた。そこに辿り着くまで、何人かの女性がヴォルフラムに 声をかけたそうに、もしくはかけようとして口を開けたのだが、全て未遂に終わっていた。

彼がユーリにぴったり引っ付いていて、他の人間をまるで眼中に入れていなか ったためだ。

さて、ついたテーブルで、とりあえずユーリは普通の客のように振る舞いながら、 さりげなく襟元に仕込んだマイクに口を近づけた。

「ユーリだ。ホール内中央近辺のテーブルについた。今のところ不審者はなし」

それを受けて、耳にはめたイヤホン(髪の毛でうまく隠してある)に、他のメンバーらの 声が届く。

「フェイスよ。今、ホール入り口付近。やはりターゲットと一般客を見分けるのは困難 だわ」

「こちらジャスティン。ホール最後部にいる。こちらも同様だ」

ユーリはそれらを聞くと、またさりげなくマイクに向かって声を入れる。

「ならポーラに任せるしかない。そろそろ時間だ。しっかりステージ見よう」

「「「Yes, sir (了解)」」」

ヴォルフラムは怪訝そうな顔でユーリを見ているが、ユーリは涼しい顔で飲み物を煽る。

やがて前方にある小さなステージの上で何やら動く気配があった、と思うと、パッと 照明がステージを照らす。ホール内の注意がそこに惹かれたのに釣られ、ヴォルフラム もステージの中央に目を向けた。

「あっ」

中央に置かれたスタンドマイクのところに、ポーラが姿を現したのだ。

後ろにキーボード奏者とギタリストを従え、ライトを浴びて悠然と客に微笑みかける。 歌姫の登場に、ホール内からは拍手が沸き起こった。

ユーリもヴォルフラムも拍手したが、ユーリはすぐに両手をテーブルの上に置き、表情 を引っ込め、真顔でステージ上のポーラを凝視した。なんとなく、ヴォルフラムも 真似する。

やがて、テンポの良い音楽が始まった。

前奏に合わせて、ポーラがリズムを取るように体を動かす。それに釣られてか、ホール 内の客たちも音楽に乗ってくるような動作を見せる。

「『COSMIC DARE <PRETTY WITH A PISTOL>』だよ。ポーラの十八番」

ユーリがヴォルフラムに曲名を教えてすぐ、ポーラの歌が弾むように始まった。



いい言葉がみつからなくて、 私とあなた、 ハートは繋がってるのに、 いつも離れ離れ。

地球を飛び出して、 私とあなた、 気持ちは繋がってるのに、 無駄に泣いてばかりよ。

あたしを信じられる? 可愛くしてても手にはピストル。 あなたを愛するために 生きてるの。

お願いお願い、 あたしを満足させて。

全ては宇宙が決めること。 どうなっちゃうかは分からない。 あなたの溜息にドキドキ してる。

そう、 首ったけなの。




ヴォルフラムは呆気に取られていた。

上手い。こんな上手い歌を聴いたのは久しぶりだ。
ただ上手いだけではない。客を 楽しませるエンタテインメント性がある。歌に合わせて、両腕を巧みに使った面白い振 り付けをし、全身で曲を表現しているようにも見える。

「……凄いな」

ヴォルフラムはそう呟いたが、ユーリは返事をしなかった。 真顔で、食い入るようにステージ上のポーラを凝視している。

間奏の後、歌は続く。



私とあなた、 時間を旅する。 月ロケットでびゅーんとね。 ずーっと一緒だよね、なんて 嘘でしょ?

私とあなた、 宇宙をフワフワ。 この空っぽな関係を、 どうにかしなくちゃなんないわ。

あたしを信じられる? 可愛くしてても手にはピストル。 あなたを愛するために 生きてるの。

お願いお願い、 あたしを満足させてよ。

全ては宇宙が決めること。 どうなっちゃうかは分からない。 あなたの溜息にドキドキ してる。

そう、 首ったけなの。




両手で銃を構えて打つ真似をしたり、リズムや歌詞に合わせて体や両腕を動かし、 曲を上手く演出している。派手ではないが、印象に残るパフォーマンスだ。

ヴォルフラムはすっかり聴き惚れていたが、まだ曲が終わらないうちに、隣のユーリが ふと席を離れようとしているのに気づき、

「どうした?」

と声をかけた。

ユーリは真顔でヴォルフラムに一言、

「此処でじっとしてろ」

とだけ言い置くと、そのまま何処かに歩いて行った。









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