4つの流動的要素   −二人のW−







3.





偽装車の中に沈黙が流れていたその時、

「よう、お疲れ」

突然、助手席側のドアが開き、パスカルが顔を覗かせた。

「……ああ。何だ、もう終わったのか?」

ヴォルフラムは、微妙に背中を屈め ながら中に足を進めてくるパスカルに、英語で言葉をかけた。

「いや、まだ全然途中だよ。ちょっと届け物に寄っただけ」

パスカルは何か長い棒のようなものを小脇に抱えていた。厚く紙にくるまれて いるので何かは分からない。それをヴォルフラムに差し出しながら言う。

「これ、ヴォルフラムにって。ショーリ経由で預かってきた」

「何だ?」

「物騒な任務をやってる以上、何か護身用の武器は必要だろ。でも君に銃は持たせ られないってユーリが強固に主張するんで、だから急遽これを用意した」

もしや、という思いと共に、ヴォルフラムは手を伸ばす。受け取ってみると、 それは予想通りずしりと重く、彼の手に覚えのある感触を伝えてくる。

「急ぎだとこんなのしか手に入らなかった、すまない、って伝えてくれってさ」

丁寧に紙を剥がす。出てきたのは日本刀だった。

「西洋の剣の方が良かったんだろうけど、どうしても手に入らなかったんだってよ。 その刀にしたって、
ワキザシっていう短い種類のものらしい。でもないよりはまし だろうってんで。それで護身になるかな?」

ヴォルフラムはゆっくりと鞘から刀を抜いてみた。

普段、眞魔国で持ち歩いているものと形状は随分違う。60センチもないであろう刃の部 分は微妙に反っており、それに自分の目元が映って一瞬ぎくりとした。鍔は小さく、 利き手で握って縦に持ってみても、何だか剣を持っているという実感が沸かない。

だがこの手にかかる重さは間違いなく武器のそれで、ヴォルフラムの顔を軍人の表情 にした。

「ワキザシってあれでしょ、刃渡り60センチ未満の日本刀のことをいうんでしょ?」

ウォルトンが興味津々といった様子で口を出してくる。こちらも言葉を英語 に切り替えている。

「でもさー、日本刀って西洋の剣とちょっと仕様が違うんじゃなかったっけ?  西洋の剣が叩っ切るように使うのに対して、日本刀は切り裂くように使うんだってい うよ?」

「え、そうなのか?」

ウォルトンをかえりみるヴォルフラム。 パスカルは、あちゃー、という顔をした。

「すまない、そういうの俺たち 全然知らなくて」

「いや、だとしても剣には変わりないわけだろう。 稽古次第でこれも使えるようになると思うぞ」

ヴォルフラムはもう一度脇差をためつすがめつしてから、鞘に戻した。

「ま、使う時なんて来ない方がいいんだがな。でも使い物になりそうなんだったら 良かったよ」

パスカルは笑みを浮かべながら、ペットボトルのドリンクを 開ける。

「ちょっとー、此処で休憩? 他のメンバーはみんな汗水垂らして 働いてるんじゃないのぉー?」

非難がましいAIの声を受けながら、パスカル は肩をすくめた。

「別にいいだろ。今のところ俺は割と暇なの」

そしてドリンクを一口飲み、思い出したように問う。

「……ところで、君たちはどんなことを話してたんだ? ヴォルフラム、そろそろ うんざりしてきた頃じゃないのか?」

別にうんざりはしていないが、先程の受けた衝撃を思い返すと、懇切丁寧に 説明する気が削がれた。
それを察したのか。ウォルトンが掻い摘んで説明してくれた。

「……でね、ナショナリズム思想が染み付いているヴォルフラム君にとっちゃ、 この発想がえらく衝撃的だったらしくてねー」

「ふうん」

パスカルは端々で相槌を打ちながら訊いていたが、話が一区切りつくと、押し黙って いるヴォルフラムの方をチラと見、おもむろに口を開いた。

「少し、俺の話をしようか」

ヴォルフラムはついと視線をパスカルに移した。 パスカルはそれをかわすように、あらぬ方向へ顔を向け、ぽつぽつと話し始めた。

「俺、生まれはフランスのパリなんだ。だがパリとはいっても郊外のスラム方の出身 でさ。決して豊かな家庭じゃなかった。それもこれも、うちの一家がアルジェリア からの移民の出だからなんだよ」

「移民?」

ああ、とパスカルは 頷いた。

「フランスには過去、安価な労働力として黒人の移民たちが大量にやってきた 歴史があって、その子孫たちがそのままフランスに住み着いてる。うちの一家もその 一例なんだ。でもその移民の子孫たちは、いまだにフランス国内であらゆる不当な 差別を受けてる。ソルボンヌ大学を出てたって、移民の出身だってだけで就職すら 難しいんだぜ」

ヴォルフラムは、眞魔国における混血の者たちが、過去受けてきた差別のことを 思い出した。
今でこそ、「混血者及び移民差別禁止法」というものが出来て(言うまでも ないがユーリの発案である)、混血者や眞魔国で暮らす人間たちへの風当たりはかなり 良くなったと言えるが、それでも差別や偏見が完全になくなったとは言い難い。

昔は自分も、差別主義を振りかざす立場にいたのだけれども。

「俺んちは両親とばあさんと、俺を含めて子供は三人の計六人家族だったんだけど、 親父は俺が14歳の時に失業しちまって、再就職もままならなかった。お袋の パートと親父の日雇い就労で、うちは飢えないのがやっとだった」

ヴォルフラムは黙って聞いていた。恵まれすぎていた自分には、想像も出来ない話 である。

「俺はそんな生き辛い社会にほとほと嫌気がさしててな。それで、思い切って アメリカの大学を受けた。俺みたいな境遇にあった奴にとって、アメリカ合衆国みた いな自由と民主主義の橋頭堡は憧れなんだ。ま、アメリカに差別が全然ないかって 言ったらそれは間違いだが、それでもずっとフランスに残ってるよりはマシに生きら れるんじゃないかと思ってな。高校卒業と同時に国を飛び出して、以来ずっとこっち で暮らしてる。今じゃめでたく、アルジェリア系フランス系アメリカ人ってわけだ」

グリーンカードも手に入ったしな、とパスカルは笑った。だがヴォルフラム は気になって口を開いた。

「だが、不安になることはないのか?」

「何に?」

「……なんていうかその……」

眉間に皺を寄せ、適切な言葉を捜す。

「……自分にそんないくつもの国の名前がついてまわるのって、正直どうなんだ?  自分の血筋や国籍が安定していないような、そういう気持ちになることは ないのか? 自分が何処に属しているのかはっきりしなくて、そこに不安を感じる なんてことは……」

「いや、別に」

拍子抜けするほどあっさりと 否定され、ヴォルフラムは言葉を失った。背後でウォルトンがイヒヒヒヒ、と 気持ち悪い笑い声をたてている。

パスカルは本当に何とも思っていないという様子で飄々と言う。

「だって、別に大したことじゃないぜ? フランスで不当な差別にあってたとはいえ、 俺は自分の血を呪ったことなんて一度も無い。明らかに間違ってるのは、差別を許し ちまう社会の方だって、ガキの頃から分かってたからな。それに……」

表情はさして変わりないのに、黒い瞳だけが強さを増した。

「何処の血を引いていようが、何処の国に生まれて何処で育とうが、俺が パスカル・デュブックであるという事実は動かしようが無い。分かるか?本当に 自分が自分であるためには、人種や国籍に依存する必要なんてないんだぜ。その個人の 核たる部分、俺がパスカル・デュブックである所以。それこそが重要なんだよ」

特別強くはないが、噛み締めるような口調。パスカルの目には、ヴォルフラム にも覚えのある感情の色が浮かんでいた。怒りでもなく、悲哀でもなく、ただ自分の 信念と主張を強く宿した色。

そうだ、これはユーリに似ているんだ。

「さっすがぁ、自分の腕前だけを頼りにSWATで戦い続け、伸し上がってきた君らしい 言葉だねー」

AIの口調はおどけたものだったが、パスカルへの尊敬を彼なりに現しているのは明らか であった。

それを聞いて、ヴォルフラムは自分の胸に問いかけた。僕にも同じ言葉を貰う資格は あるだろうか。自分の腕前だけを頼りに戦い続けた……そう言われ、尊敬される資格は あるだろうか、と。

答えはすぐに出た。否、むしろ僕など、ウォルトンにはこ う言われるだろう。『生まれながらに与えられた地位と財産を頼りにふんぞり返り、 国家に依存し続けた筋金入りのナショナリスト』だと。

「腕前だけを頼りにってのはちょっと大げさだけどな、でも……そうやって、ヒトの 価値が民族にも国にも由来しない、個が個のままに生きられる時代が来ればいいのにな。本当に」

パスカルはしみじみと呟いた。その口ぶりには、世の中の不条理に晒されて もなお、自分の力でそれを打破しようと足掻いた者にしかないものが滲み出て いるようだった。

「でもさあ、個が個のままにってのも、行き過ぎてちゃあどうかと思うよ? ほんの ちょっぴりだけなら、国家主義思想も残しておいた方が、ほら、オリンピックは盛り上 がると思うしぃ」

ウォルトンはそう言った後、自分の言葉にハタと気付かされる ものがあったらしく、「あっ!!」と大声を上げた。

「そっか、つまりそういうことなのかも! ユーリがナショナリズムを黙認してた のは、野球という団体競技のチームプレイ精神が骨の髄まで染みていたところに 由来しているのかもしれない!」

ヴォルフラムもハッと目の覚める思いが し、思わず口を開く。

「集団でまとまって何かを成し遂げるチームプレイ精神を、国家運営に投影していた 部分があったから、ということか!」

「きっとそうだよ!」

ウォルトンの緑のランプが、興奮気味にピコピコピコと点滅する。

長年ユーリの傍にいるのにこんなことに今更気付くとは、と多少情けなくも 思ったが、それでも、対話から何かを発見出来たということに、ヴォルフラムは 少なからず興奮させられるものを感じていた。









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